王貞治監督(当時)とともにダイエー、ソフトバンクを常勝軍団へと導き、日本人のキャッチャーとして初めてメジャーでも活躍した城島健司CBO(チーフ・ベースボール・オフィサー)。2012年に現役を引退してからはしばらく野球界と離れた生活を送り、ホークスに復帰したのは2020年のことだったが、その裏には王会長からの熱烈な誘いがあった――。

王会長は野球にすべてを捧げている人
「王会長には、引退後も毎年食事をする機会を設けていただいていて、その度に『君はもう一度指導者としてユニフォームを着ないとダメだ』ということは言われ続けていました。ただ自分としては指導者には向いていないと思っていましたし、釣りに没頭していたこともあって『魚の気持ちもまだ分からないのに人間の気持ちは分かりません』と言って断っていました(笑)。
ただそうしていたら、会長付特別アドバイザーとして役職を作るから、戻ってくるように言われて。わざわざ自分のためにそこまでされたら断れないなと思い、指導者ではなくフロントという立場で戻ることを決めました。今もCBOという肩書はついていますが、会長付というのはそのまま残しています」
2005年のオフにメジャーに挑戦してから実に15年ぶりとなるホークス復帰で、王会長とは監督と選手ではなく、また新たな役割でタッグを組むこととなった。そしてそこで改めて感じたのは王会長の野球への想いの強さだという。
「自分も色んな方と関わってきましたが、王会長ほど野球のことを考えている人はいません。それこそ365日、常に野球のことを考えている。それはホークスという球団の単位ではなく、もっと広い範囲です。
例えば一緒に試合を見ていて、相手チームの選手がホームランを打った時に、ホークスとしてはすごく痛いことなのですが、そのバッティングについて褒めていることもよくあります。また去年(2025年)のことですが、小学生と中学生を教えるための指導者ライセンスも受講して取得していました。あれだけ選手としても監督としても経験があって、今年で86歳になっても野球について学び続けようとしている。そんな人は他にはいません。
よく会長は冗談で『俺はグラウンドの上で死にたいんだ』と言うので、それは色んな人に迷惑がかかるからやめてくださいと言っているのですが、冗談ではなく本当にそうなるんじゃないかと思うくらい、野球にすべてを捧げている人だと思います」
あの映像が代表的なホームランとして使われ続けるのは嫌だ
現在も会長という立場でありながら頻繁にグラウンドに顔を出し、選手に対して熱心に指導を行う姿も見られている。また、そういった野球に対する思いは自身の過去についても及んでいるという。笑い話として城島CBOはこんなエピソードを教えてくれた。
「食事をしている時などに、王会長自身のバッティングフォームについても写真や映像を見ながら解説してくれることもあります。会長のホームランで一番有名なのは世界記録になった756本目のホームランで、よくテレビでも流れると思うのですが、本人はあの時の打ち方は納得していないから、あの映像が代表的なホームランとして使われ続けるのは嫌だということも言っていました。そんなことをいまだに気にしているのかと思いますけど(笑)、80歳を過ぎてもそれだけ野球に対してこだわりが強いのだと思います」
野球に対する強い思いを持った王会長が30年にわたってホークスに携わり続けてきたことが、現在の球団の強さ、そして福岡という街にホークスと野球が根付いた要因であることは間違いないだろう。城島CBOも30年前と比較して福岡の街が大きく変わったことを実感しているそうだ。
「自分が入団した当時、福岡の少年でもダイエーホークスの帽子をかぶっている子はほとんど見かけませんでした。それが今では福岡の街のいたるところにホークスのロゴが目に入るようにまでなっています。そしてその中心であり続けたのが王会長で、我々はそれを未来に繋いでいく使命があると思って取り組んでいます」
王会長が30年前から注いできた野球への情熱がホークスを通じて花開き、次世代へと繋がっていく。そんな物語の今後にぜひ注目してもらいたい。
城島健司/Kenji Johjima
1976年長崎県生まれ。1994年ドラフト1位で福岡ダイエーホークス(現・ソフトバンク)に入団。1997年から正捕手となり、1999年に球団初のリーグ優勝、日本一に貢献。2005年にFA権を行使し、シアトル・マリナーズに移籍。2009年までプレーし、2010年に阪神で日本球界復帰。2012年に現役を引退し、趣味である釣り番組などに出演していたが、2020年よりソフトバンクの会長付特別アドバイザーに就任。2025年より現職。

