福岡ソフトバンクホークス、GM三笠杉彦氏のインタビュー最終回。現在は取締役会長となった王貞治氏の「勝者のメンタリティー」は現在も脈々と受け継がれているのか。

王会長から学んだ最も大切なこと
――王会長から最も影響を受けたことは何でしょうか。
三笠 前回のインタビューで現場との距離感が大切だといいましたが、王会長こそ、現場とは常に一定の距離を取られている方で、そこから学んだ部分があります。
会長は小久保裕紀監督へ何か言おうと思えば言える立場ですが、絶対にひと言も言いません。試合中にいろいろと思うことはあるはずですが、絶対に何も言いません。会長は、指導や起用など監督の仕事は監督に任せるべし、といったお考え。選手に対しても「元気だしてやろう」としか言われない、これは常日頃からおっしゃっています。
――会長流のマネジメントですね。
三笠 会長はすべての試合を見ているんです。距離を取ると聞くとチームと疎遠になるように聞こえますが、まったく違います。そうですね、例えばですが「子育て」に近い感覚かと思っています。愛情をもって我が子を遠くから見守るみたいな。私も何も言われないですが、会長の姿勢からは多くを学んでいます。
一方で、僕が球団の仕事を始めたのは2008年だったので王監督が退任された後で、直接の薫陶は受けていません。勝者のメンタリティーを持っているかっていうと僕は持ってない人になりますが、会長から学んだことは本当に多くあります。
新しい考えや取組みは必ず抵抗に合う
――新しい動きとして城島健司氏がCBO/チーフ・ベースボール・オフィサーに就任されました。
三笠 私は城島CBOの就任会見の時にも言いましたが、小久保さんは「1軍が勝つこと」に専念、城島CBOは「1軍だけではなく4軍までの組織全体」を見る。そこをお任せできるようになったので、私はより一層、最新のエリートスポーツ、ハイレベルなスポーツはどういった組織体制で、どういう機器を導入して、何をやっていけば競争力が上がるのかに注力できるような役割分担となりました。
一方で今の時代、最先端のものというのは必要条件であるが十分条件ではありません。どういった意味かというと最先端の取り組みはすぐ模倣される、先行者利益は取れますがすぐ真似をされてしまい継続的にはなりません。
城島CBOや小久保監督が仕事に専念できるように、私が野球という枠を越えてビジネスでもスポーツでも最先端の組織はどういうものなのかを研究して、ホークスに取り入れていくように動いています。
ホークスが考えるアジア戦略とは
――ホークスは他の球団より地政学的にアジアに近い。福岡の街中もアジア人のツーリストで溢れています。経済的には台湾の半導体企業TSMCが熊本に進出し、第二工場も予定されており、九州全体が大きく変わろうとしています。ホークスのアジア戦略はどのようにお考えでしょうか。
三笠 MLBは30球団、NPBは12球団、KBO(韓国のプロ野球リーグ)は10球団。お互いリーグ間に協定があり、日本でもポスティング制度など、お互いにオーナーシップがあります。
サッカーの場合、ドラフトもなく基本的に自由貿易と移籍金で潤っている部分があり制度的にも面白いとは思いますが、これが野球に適用できるかと聞かれたら難しいのではと考えます。ホークスは3軍が韓国遠征に行っていますし、数年前はアジア選手権が開催されていました。客観的にみて日本と他のリーグは現状としてレベルにはまだ差があるように思います。一方で、台湾でオープン戦を開催するなど、事業者としてインバウンドで台湾や韓国などからお客様が来て下さるので大きな可能性を感じています。
2024年、台湾からは張峻瑋(チャン・ジュンウェイ)という育成選手を獲得しました。ファイターズなどは何年か前から積極的に外国人選手を獲得していますが、ホークスとしては久しぶりの台湾人選手です。従来のマーケット以外のところに注目していくことは非常に大事なことで、なかでも台湾は育成選手がかなり有望で注目をしています。
人の評価で最も大事な基準―「嘘をつかない人」
――人を評価する機会が多いGMですが基準はどこにあるのでしょうか。
三笠 客観的に見ることは当然で、総合的な評価を心がけています。
そのなかでも、月並みではありますけど、嘘をつくかどうかはよく見ています。僕が好きなのは嘘をつけない人。だから能力はあるけれども嘘をつきがちな人と能力はイマイチだけど嘘をつけない人なら、私は後者を選びます。
何故ならフロントの仕事では、若い才能に凄く高いお金をつける商売で、普通の企業間のやり取りとはかなり違います。そういう観点で、嘘をつけないことは重要だと評価します。
――開幕直前です、今シーズンの抱負をお聞かせ下さい。
三笠 今季は長年頑張ってきた甲斐拓也捕手や石川柊太投手らが抜けてしまいましたが、一方で、新戦力は上沢直之投手・伊藤優輔投手ら多くが加入し、昨年より一層楽しみなチームになると見ています。是非応援していただけたらと思っていますし、同時に筑後での2軍、3軍、4軍の活動にも注目してもらいたいです。
若い時から見ている選手が1軍の檜舞台で活躍する、この醍醐味は筑後でのファームの試合で見られたファンでしか分からない気持ちです。是非みずほPayPayドームだけでなく、タマホーム スタジアム筑後にも足を運んでもらって、チームと同じくらい一人ひとりの選手の成長を見守っていて下さい。