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2026.08.20

城島健司CBOが明かす“王イズム”、常勝ホークスを築いた王貞治の教えとは

2010年以降8度の日本一に輝くなど、現在のプロ野球界において常勝軍団と言える福岡ソフトバンクホークス。しかし1978年(当時・南海ホークス)から1997年(当時・福岡ダイエーホークス)まで20年連続でBクラスという長期低迷に陥っていた時期があった。そこから誰もが認める常勝チームとなったのは1995年に王貞治監督(現・会長)が就任し、球団を牽引し続けてきたからである。そしてその王監督の下で司令塔として活躍し、現在はCBO(チーフ・ベースボール・オフィサー)として球団の強化に取り組んでいるのが城島健司だ。そんな城島CBOと王会長の最初のかかわりは、城島CBOの中学時代まで遡る。

城島健司CBOが明かす、常勝ホークスの礎を築いた王貞治の教え”王イズム”とは

中学2年、王貞治から言われた「将来は巨人に入って頑張りなさい」

「長崎県の佐世保で生まれ育ちましたので、当時のテレビ中継は巨人戦だけでした。私は1976年生まれなので1980年に引退した王会長の現役時代の記憶はほとんどありませんが、それでも巨人、プロ野球の象徴的な存在で、野球を始めたころから王選手のようなホームランを打てるバッターになりたいという思いは持っていました。

中学2年の秋にたまたま私の地元で行われた野球教室に王さんが来られて、バッティングを褒めてもらったんですね。『将来は巨人に入って頑張りなさい』と言われたのを覚えています。城島少年にとっては夢のような出来事で、そこから巨人に行って王さんのようになりたいという気持ちがより強くなりました」

城島CBOはその後、大分県の別府大学付属高校(現・明豊)に進学。強肩を生かしてキャッチャーとなり、高校3年時には全国的にも注目の存在となった。当初は大学進学を希望していたが、1994年のドラフト会議でダイエーが1位指名。ここで再び王会長との縁が繋がることとなる。

「大学に行くつもりで準備していましたが、ダイエーがちょうど翌年から王監督になることが決まっており、そのこともあって入団を決めました。王監督になることが決まっていなかったらそのまま大学に進んでいたかもしれません。これも縁だと思いますね」

しかし当時のダイエーは長年Bクラスに低迷していた時期で、城島CBOが入団した1995年は5位、翌1996年も6位という成績に終わっている。ただそんな成績であっても、王監督のぶれない姿勢を感じたという。

「当時は今のように3位に入ればクライマックスシリーズというのはありませんでしたが、Aクラス入りすれば翌年の開幕戦をホームで戦えるというのがありました。ただそれでも王監督はまずはAクラスを目指そうということは一切言わず、常に優勝を狙うんだということを言い続けていたことをよく覚えています。

私が入団して4年目の1998年、この年は終盤まで優勝争いに加わっていました。ただ最後に5連敗して最終的には同率3位に終わり、結局翌年のホームでの開幕戦を行う権利も得られなかったのですが、この時も優勝が難しくなっても3位を狙うような戦い方をしませんでした。それだけ優勝、トップを狙うという姿勢はぶれなかったですね」

優勝まであとワンアウト。ベンチの王監督が見せた表情

そんな王イズムが浸透し、ようやく花開いたのが翌年の1999年だ。城島CBOは正捕手として初めてシーズン全試合に出場。チームも開幕から好調を維持し、9月25日の日本ハム戦に勝利して、南海ホークス時代の1973年以来26年ぶりとなるリーグ優勝を成し遂げたのだ。その時のことを城島CBOは今でも昨日のことのように覚えているという。

「王監督は勝っていてもとにかく最後まで気を抜かない、ベンチにいても常に表情を緩めたりすることがない監督でした。当然こちらもそれは分かっているので、優勝まであとワンアウトとなっても気を緩めずにいたのですが、ベンチを見たら王監督が今までに見たことのないような嬉しそうな表情をしていたのを今でも覚えています。あの表情を見ることができて、本当に優勝できたんだと実感しましたね」

続く日本シリーズでも中日を破って日本一を達成。城島CBOも球界を代表する捕手となり、チームの3度の優勝に大きく貢献した。転機が訪れたのは2005年のシーズンオフだった。海外FA権を行使してソフトバンクを退団し、メジャー移籍を決断したのだ。ただこの時も王会長の人間的な大きさを感じたという。

「監督という立場を考えれば当然自分が退団すれば大きなマイナスですが、個人的に引き止めるようなことは一切ありませんでした。メジャーに移籍することが決まった時に言われたことは、『アメリカに骨を埋めるつもりでやれ』ということで、ホークスに戻ってきてほしいとはまったく言われなかったです。日本人のキャッチャーでメジャーに移籍するのは自分が初めてでしたから、一つの球団だけでなく常に日本の野球界を考えているんだと思いました」

マリナーズに移籍した城島CBOは1年目からレギュラーとして活躍。4年間プレーした後、阪神で日本球界に復帰し、2012年にユニフォームを脱いでいる。王会長の言葉通り選手としてホークスに戻ることはなかったが、またその後に縁が繋がることとなる。次回は現在の立場から城島CBOが感じる王会長の凄さ、人間性などを紹介する。

城島健司/Kenji Johjima
1976年長崎県生まれ。1994年ドラフト1位で福岡ダイエーホークス(現・ソフトバンク)に入団。1997年から正捕手となり、1999年に球団初のリーグ優勝、日本一に貢献。2005年にFA権を行使し、シアトル・マリナーズに移籍。2009年までプレーし、2010年に阪神で日本球界復帰。2012年に現役を引退し、趣味である釣り番組などに出演していたが、2020年よりソフトバンクの会長付特別アドバイザーに就任。2025年より現職。

TEXT=西尾典文

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