「言われたことはやっているのに評価されない」「主体的に動けと言われても、何をすればいいかわからない」――。そんな悩みを抱えるビジネスパーソンは少なくない。5,000社以上が導入する組織マネジメント理論「識学」を提唱する安藤広大氏は、“主体性”とは性格や意識の問題ではなく、「危機を認識できる環境」によって生まれるものだと語る。では、“指示待ち社員”と、自ら動ける人の違いとは何のか。【その他の記事はコチラ】

「主体性がない社員」はなぜ生まれるのか
識学の組織改革においても、最終的に目指すのは、上司が細かく指示を出さなくても、社員が主体的に動く組織をつくることだ。
「マネジメントの立場で言えば、必要な“主体性”とは、『社員が動かざるを得ない環境をつくる』ということです。そしてプレイヤーの立場で言えば、『自分が動かなければ危険な状態になるということを認識し、その危機を回避するよう能動的に動く』ことになります」
ただ、その“危機”の認識は、経営者とプレイヤーたる社員とは大きく異なるという。
「経営者は、主体的に動かなければ会社も成長しないし、最悪の場合は潰れてしまうという危機感を常に持っています。でも社員に『もっと会社のことを考えて動いてくれ』と言っても、その危機感は共有できません。極端に言えば、会社が危なければ転職すればいいわけですから。社員にとって、会社の経営状態そのものは直接的な危機にはならないんです」
では、社員が本当に“危機”を感じるものとは何なのか。
「やはり自分自身の待遇です。賃金が下がる、評価が落ちる、昇進できない――。そうした不利益は誰にとっても困ることですよね。だからこそ、『このままでは危ない』と認識できれば、どうすれば回避できるか、そのために何をすべきなのかを自ら考えるようになるはずなんです」
「評価基準の曖昧さ」が指示待ち社員を生む
だからこそ必要なのが、明確な評価制度なのだ。
識学は、人間の“意識構造”に基づいたマネジメント理論だ。単に「頑張れ」と精神論を説くのではなく、人がどういう環境で自発的に動くのかを、構造的に捉えている。
「人間が自ら動こうとするのは、危険を回避するときか欲しいものを得ようとするときのどちらかです。危険認識がない人ほど、指示待ちになる。でもちゃんとした評価制度があれば、それでは評価が下がるから危険だと認識する。指示待ちしている余裕はなくなるんです。いかに自分の危機を認知できるか、それが主体的に動ける人と、指示待ち社員の大きな違いなんです」
とはいえ現在の組織では定性的な評価が多く、評価基準が曖昧でどう動くべきか悩むという社員も少なくない。
「だからこそ上司に、『どうすれば評価されるのか』を確認することが必要なんです。曖昧なまま進めてしまうと、自分がいくら頑張っていても、『求めていることと違う』『もっと期待していた』などと、まったく評価されない可能性だってある。自分が果たすべき責任を確認しておいたほうが、安全なんです」
ただし、責任を明確にするということは、すべてに優れたスーパービジネスマンでもない限り、自分の“できていない部分”とも向き合うことになる。
「耳が痛いし、怖いから聞かないほうがいいと思うかもしれません。 “今”という時間軸で考えれば、そのほうが気持ちは楽でしょう。でも仕事は止まったままではいられません。会社のなかでプレイヤーは成長し続けなければいけない。能力不足の部分を早く明らかにして、改善しなくてはいけない。上司がすでにマイナス評価とみなしている部分が、何もせずにプラスになることはないですから。自分自身の未来を考えたなら、自らのマイナス点をはっきりさせないほうが危険なんです」
「苦手だからできない」は仕事では通用しない
もし、自分に求められている業務が“苦手”だった場合はどうすればいいのだろうか。
「苦手だと感じていても、それを上司に伝えること自体にはあまり意味がありません。そもそも仕事とは、その人個人の属性に合わせて存在するものではないからです。会社に必要なことを、それぞれの立場・役割の責任の下で遂行する。それが仕事です」
もちろん、得意不得意は誰にでもある。だが、“苦手だからやらない”では逃げていることになるし、成長は止まる。
「大事なのは、求められていることと、現在の自分とのギャップを把握すること。そして、その差をどう埋めるかを考えることです。苦手かどうかではなく、“どう改善するか”に目を向けるべきなんです」
主体性とは、生まれ持った性格ではないのだ。

