ドイツ6部のFCバサラマインツで監督としてのキャリアをスタートさせた岡崎慎司。現在は、クラブ会長としても日々奮闘を続けている。最終回は、将来のビジョン、ヨーロッパで活躍する日本人選手、日本代表について。【特集 2026FIFAワールドカップ】

ビジネスの現場で監督としての人間力が養える
――会長としての仕事、クラブの顔としての立場、現場での奮闘……お話を聞いているととても楽しそうですね。
「はい、充実しています。うまくやれているとまでは思わないけれど、楽しさは感じています。人よりも体力があるから動き回っていますよ。マインツだけでなく、(以前所属した)シュトゥットガルトにも顔を出したり、『なんか岡崎がいろんなところにいるぞ』みたいな感じです」
――指導者の道を歩むという印象が強かったので、クラブ経営に携わっているのは意外でした。
「ですよね。僕自身も指導者1本でと考えていました。会長といってもお金の計算とかはしていません(笑)。それは得意な人間に任せています。僕はとにかく、動く。たくさんの人に会い、話を聞いてもらって、縁を作っていくのが今の僕の仕事だと思っています」
――今も指導者としてのキャリアが軸足にあるんですか?
「もちろん。最終的な目標は日本代表監督としてワールドカップで優勝すること。そこは変わっていない。逆に今、クラブ経営にも携わることで、指導者だけの道を歩むよりもいろんな経験を積めているなと感じています」
――マネジメントという意味でも、ビジネスパーソンとの交流での学びはありますよね。
「監督になって以降、戦術眼、戦術の落とし込み、練習方法など、指導者として力不足を感じる場面は何度もありました。加えて、選手とのコミュニケーション面で悩むことも多いんです。
うちのクラブは、日本人だけでなく、ドイツ人選手もいます。それこそ、育った環境も違うから、性格もバラバラ。彼らといかに向き合うかというのは、監督としての力を試されている大きな部分だと思います」
――名監督といわれる人の多くは人間力が高いとも感じます。
「まあ、監督は良い意味で人たらしという一面は必要かもしれませんね。それこそ信頼関係がなければ、チームはひとつにはなれないし、結果も出ないから。そういう人間力を養ううえでも、クラブの経営、チーム強化に携わることで、磨かれるものはたくさんあると思っています。
岡田武史さん(FC今治)、立石敬之さん(シント=トロイデンVV)のようにクラブを経営されている先輩たちもいますから。ドイツと日本、ともにプロリーグを目指すバサラで、結果を残したいですね」
日本人選手の価値をヨーロッパが理解した未来のリスク
――ここ数年、ヨーロッパで活躍する日本人選手が急増している印象があります。
「僕らがヨーロッパに来たときは、数人という感じで、勢力と呼べるものではなく、選手個々で評価を得るという感じだったけれど、その後、たくさんの選手がヨーロッパに来たことで、マーケットのなかで、日本人というグループがようやく評価されてきた結果だと思います」
――以前なら、Jリーグで実績を残し、日本代表入りして、初めてヨーロッパへというイメージでしたが、今はJリーグを経由せず、代表入りしていなくても、ヨーロッパへの移籍が可能になっていますね。
「もともと、ヨーロッパでプレーできる力のある日本人選手は昔からいたと思います。でも、ヨーロッパのクラブからすれば、疑心暗鬼というか、本当にできるのかという眼で見ていたから、ヨーロッパのマーケットに入るためのハードルが高かった。
でも、今は多くのクラブが日本人選手を欲しいと動いている。小さなクラブでも、日本人を獲得し、大きなクラブへ移籍させることのメリットを実感していると思います。実際僕にも『良い選手はいないか?』と声をかけてくるクラブもありますよ」
――Jリーグも海外移籍に関しては、移籍金を低く設定しているケースもあるし、学生なら移籍金がかからないこともあります。
「日本人選手がヨーロッパで評価されることはうれしいし、喜ばしいこと。ですが、ヨーロッパのビッグクラブの予算はJリーグとはくらべものにならないくらい大きい。そして、結果主義です。良いものがあれば、手に入れようと動く。彼らが日本でアカデミー(育成チーム)を設立したり、買い取ったりということが起きないとも限らないと思います」
――ヨーロッパへ渡った選手がすべて幸せなキャリアを積めるわけではないでしょうし、少子化という課題もある日本サッカー界の土台が揺るがないようにすることも必要だと。
「ヨーロッパ移籍はすごいことですし、海外で挑戦する選手の存在は素晴らしいと思います。ただ、いつまでもそれをありがたがっているだけだと、抱えるリスクも高くなる。そんな時代になるんじゃないかと思います」

1986年4月16日兵庫県生まれ。滝川二高校卒業後、清水エスパルスに加入。2010年南アフリカ大会以降、ブラジル、ロシアとW杯3大会出場。2011年にドイツに渡り、シュトゥットガルト、マインツでプレー。2015年夏にはプレミアリーグ・レスターへ移籍し、リーグ優勝に貢献。2024年ベルギーのシント=トロイデンで現役引退。日本代表通算119試合出場、50得点。引退後は自身が長く運営に関わってきたFCバサラマインツ(ドイツ6部)の監督に就任。
世界舞台での経験値が高い現代表。誰も見たことのない風景を
――先日はイングランド代表にも勝利し、さらに日本人選手への注目度が高まっていると聞きます。
「ドイツでいえば、2022年のワールドカップカタール大会で、ドイツ代表とスペイン代表を破ったことで、日本代表の見る眼は変わったと思います」
――そして、6月にはワールドカップ北中米大会が開催されます。悲願のベスト8進出も可能ではないでしょうか?
「現役時代のように、現日本代表を細かくフォローしているわけではないんですけど……今大会は出場国が48ヵ国に拡大され、グループリーグ後の決勝トーナメントもラウンド32、ラウンド16とあり、ベスト8までに2試合を戦うことになります。
カタール大会に比べると長距離の移動もあるし、どの国にとっても初体験なので、予想外のことも多いような気もします。でも、森保一監督にとっては2度目のワールドカップなので、経験値という意味では優位だと思います」
――カタール大会ではラウンド16でクロアチアにPK戦の末、敗れました。
「グループリーグを1位で突破し、勢いに乗っていた日本を飲み込む不気味な落ち着きがクロアチアにはありました。それこそ、歴史の違いというか、小国でありながらも前ロシア大会準優勝チームですから。拮抗した試合内容だったけれど、勝負の世界で求められるメンタルの違いが、勝敗を分けたように思いました」
――メンタルの違いとは?
「突き詰めたとき、ヨーロッパの選手は祖国や誰かのためという想いを持ちながらも、自分のために戦うという気持ちの軸があると感じます。でも、日本人選手は日本のためにとか、誰かのためにという気持ちが強いように思います。それはそれで大事なことだけど、期待に応えたい。笑顔を届けたいという想いが、逆に不必要なプレッシャーになってしまったのではと感じました。
でも今大会に挑むメンバーは、ワールドカップを経験しているベテラン、ヨーロッパ経験の長い選手が多い。淡々と勝負を追及できる精神力があると思っています」
――危機感の大きかった2010年、2018年はグループリーグ突破。前哨戦の成績も良く、意気揚々と挑んだ2006年、2016年は惨敗……という歴史がありますね。
「確かに(笑)。ただ一つ言えることは、かつてと違い、現代表チームの世界舞台(ヨーロッパを含む)での経験値は過去とは大きく異なるものがありますから。『誰も見たことのない風景』を見せてくれることを祈っています」
誰も歩んだことのない道を歩んできた。今もその延長戦上を歩いている
――現役時代の岡崎さんを長く取材しながら、いつも「人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である」というパスカルの言葉を思い出していました。大きくない身体、高くない身体能力、選手としては弱い葦ともいえるのに、とにかく考え続けてきた。そして葦のように柔軟で折れない特性を持っている人だと。
「ありがとうございます。今も現役時代から続く延長線だという認識です。だから悩むし、考える。でもその作業が好きんですよ」
――この道が日本代表監督へと続くと……。
「そうなることを信じているというか、そこはブレていません。現役時代も誰かのマネをするつもりはなく、僕だけの道を歩んできた自負があります。当然、描いた通りに人生が進むことはないし、『こんなはずじゃなかった』と思うことばかりでした。だけど、厳しい現実に直面してもなんとか突破できるはずと、諦められなかった。そうやって重ねた時間に後悔はないんですよ。あるとすれば、怪我しなければよかったなというくらいで」
――元代表選手で、現在引退後もヨーロッパに根をはり活動しているのは、長谷部誠さんと岡崎さんだけ。
「選手時代に味わった悔しさは、ヨーロッパで見返すしかないですから(笑)。でも、日本代表監督へ続く道を考えると、今僕がやっていることは遠回りなのかもしれない。6部のバサラマインツがブンデスリーガまで昇格し続けるのはある意味で夢物語です。5部にだって、すぐ昇格できるとも思っていません。数年かかるのは当然。日本代表監督なんて、10年、いや20年後の話だとイメージしています」
――恩師の黒田和先生が台湾に渡ったのが60歳を過ぎてから。当地でのA代表監督は67歳ですからね。
「(アルベルト・)ザッケローニさん(元日本代表監督)もセリエC2(現4部)からのスタートで、日本代表監督になったのは、50代後半です。僕は今度40歳になります。彼らのような先輩の存在を力強く感じています」
――最後に、バサラマインツもいちサッカークラブに留まらない可能性がありますね。
「バサラマインツは、海外挑戦の“入口”であり、人として成長できる「踏み台」を提供する、“ヒト作り”を主眼としたクラブでありたいと考えています。現在はサッカー選手やサッカークラブで働きたいという若い日本人が集まっていますが、彼らが選手として、またはそれぞれの専門家として、他のクラブや他業種で働く道を応援したい。バサラを、生き抜く術を磨く場所にしたいですね。願わくば、ヨーロッパで生き抜いてほしいですから」
――インタビュー第1回で、今の若い選手に熱が響かない……ということも話しましたね。
「僕は昭和61年生まれで、育ったのは平成ですが、『失敗なんか恐れない』『挫けたって立ち上がるぞ』という粘り強さとか執念深さとか、無鉄砲さで熱くるしい感じは、まさに『昭和的なメンタリティ』なんですよ。こんな僕の昭和メンタリティで、今のある意味諦めの早い世代の選手を手助けし、変えていきたいんですよ。1年で諦めて帰ることのないように」

