『ゲーテはすべてを言った』で第172回芥川賞を受賞した作家・鈴木結生さんのインタビュー記事をまとめてお届け! ※2025年2月掲載記事を再編。

1.新芥川賞作家・鈴木結生「ゲーテは苦手」。それでも題材に選んだ理由

西南学院大大学院に在籍し英文学を専攻する鈴木結生さんは現在23歳。ゲーテ文学の愛好家やゲーテを語る世代の方々には「若い」と思われるだろう。まずは鈴木さんにゲーテとの出合いについて聞いた。
「僕は父親が牧師というクリスチャン家庭に生まれました。だから、身近な本といえば、まず『聖書』。物心ついた頃から『聖書』を読んでいました。それから、ごく自然に『聖書』につながる文学作品を読むようになった。ダンテ『神曲』とか、ゲーテ『ファウスト』とか。『ファウスト』は潮出版社が出していたゲーテ全集に収録されたものが好きでした。1冊の中に『ファウスト』の第1部と第2部、加えてゲーテが若い時に書いた『ウル・ファウスト』も入っていて、値段的にお得でいいなって感じていたんです(笑)」
『ファウスト』はゲーテの代表作のひとつとして知られるが、難解な表現が多く、「読むのを途中で断念した」という声もよく聞く。
「第2部は特に難しい。でも、『ファウスト』の枠組みは基本的に『聖書』のヨブ記。だから、クリスチャン家庭に育った僕にとって、全然わからないというほどのことではなかった。当時、僕はシェイクスピアが好きだったので、文中の酒場にシェイクスピアの物語に出てくるキャラクターが現れたり、シェイクスピア作品の引用が出てきたりすると、すごくうれしくなりました。『ファウスト』は繰り返し読んだ一冊です」
だが、その後、鈴木さんがゲーテ作品にハマることはなかった。ゲーテは「今でも苦手な作家」だとも言う。
2.鈴木結生が芥川賞『ゲーテはすべてを言った』執筆のために読んだ本は500冊!

ゲーテ研究の第一人者・博把統一は家族で出かけたレストランで、紅茶のティーバッグに書かれたゲーテの名言「Love does not confuse everything, but mixes.」に出合う。いかにもゲーテが使いそうな言葉であるが、統一は「本当にゲーテ自身が発したものなのだろうか」と疑問を抱く。その謎解きを軸に小説『ゲーテはすべてを言った』のストーリーは進んでいく。
「ティーバッグのエピソードは実際にあった出来事。父が手にしたゲーテの名言を僕に見せて、“この言葉はどの本に書いてあるの?”と聞いてきた。わかりませんでした。この謎を解決したいとずっと思っていましたが、なかなか手をつけられなかった。謎を解決するには、ゲーテの全集を読破しなければならないですから。そろそろ取りかかってみようと思ったのが、『ゲーテはすべてを言った』を書くきっかけです」
そこから『ゲーテはすべてを言った』を書くためのインプット作業が始まった。図書館に通い、目の前にゲーテの著作や論文、関連書籍、派生文学作品などを積み上げる。本を読みつつ、気になったフレーズをノートにメモ。その姿は「およそ読書とはいえない、美しくないものだった」と鈴木さんは言う。
「1作書くにあたり、関係する本を数百冊は読みます。『ゲーテはすべてを言った』執筆のために読んだ本は500冊。昨年はこの小説を含め2作書いたから、1年間で1000冊ほど読みましたね。僕は“せっかくの時間を損したくない”という思いが強い。読書と創作の両方を同時にできれば、時間が節約できて一挙両得。仕事と趣味を両立できる利点はそこにあると思います」
3.芥川賞『ゲーテはすべてを言った』作家・鈴木結生が薦める、ゲーテ入門本とは

父親が牧師というクリスチャン家庭に生まれた鈴木結生さん。幼い頃から『聖書』に親しみ、ごく自然に聖書につながる本を読み始めたという。その流れのなかで読んだ『ファウスト』がゲーテ初体験の一冊。ゲーテを読むなら、まずは代表作『ファウスト』から始めるべきなのだろうか。
「いいえ、それはお薦めしません。僕はクリスチャン家庭という環境もあって『ファウスト』から入りましたけど、『ファウスト』は『聖書』の知識がないと理解できない箇所が多い。ゲーテ入門にふさわしいのは、新潮社から出ている『ゲーテ格言集』。ゲーテの全著作と、警句、格言のなかからの親しみやすい言葉が選ばれており、手軽にゲーテの感性や知性に触れることができます」
ゲーテの名言集や格言集は多数出版されているが、なかには“怪しいもの”も多い。鈴木さんが薦める新潮社の『ゲーテ格言集』は、ヘルマン・ヘッセとも交流があったドイツ文学者の高橋健二が言葉の選定・翻訳を担当。出典も明記された信頼できる一冊だ。