第172回芥川賞を受賞した作家・鈴木結生さん。受賞作『ゲーテはすべてを言った』執筆のために読んだゲーテの著書、論評、関連作、派生文学作品の総数は500冊に及ぶという。インタビュー第3回は「読書」がテーマ。ゲーテ関連で読むべき本について聞きした。#1 #2

2001年福島県生まれ。2024年『人にはどれほどの本がいるか』で林芙美子文学賞佳作を受賞しデビュー。2025年『ゲーテはすべてを言った』で第172回芥川賞を受賞。現在は福岡の西南学院大大学院に在籍し英文学を専攻している。
まずは代表作『ファウスト』ではなく『ゲーテ格言集』を
父親が牧師というクリスチャン家庭に生まれた鈴木結生さん。幼い頃から『聖書』に親しみ、ごく自然に聖書につながる本を読み始めたという。その流れのなかで読んだ『ファウスト』がゲーテ初体験の一冊。ゲーテを読むなら、まずは代表作『ファウスト』から始めるべきなのだろうか。
「いいえ、それはお薦めしません。僕はクリスチャン家庭という環境もあって『ファウスト』から入りましたけど、『ファウスト』は『聖書』の知識がないと理解できない箇所が多い。ゲーテ入門にふさわしいのは、新潮社から出ている『ゲーテ格言集』。ゲーテの全著作と、警句、格言のなかからの親しみやすい言葉が選ばれており、手軽にゲーテの感性や知性に触れることができます」

ゲーテの名言集や格言集は多数出版されているが、なかには“怪しいもの”も多い。鈴木さんが薦める新潮社の『ゲーテ格言集』は、ヘルマン・ヘッセとも交流があったドイツ文学者の高橋健二が言葉の選定・翻訳を担当。出典も明記された信頼できる一冊だ。
「もしくは『ゲーテとの対話』から入るのもいいですね。この本はゲーテが秘書のエッカーマンに語った言葉を、エッカーマンがまとめたもの。エッカーマンはゲーテを尊敬していて、“偉大なゲーテ先生”が何を話してくれたかのかが、尊敬の気持ちとともにシンプルに綴られている。ドイツの哲学者ニーチェはゲーテのあらゆる作品に勝って『ゲーテとの対話』は偉大だと評している。ゲーテには『詩と真実』という自伝もありますが、これは本人が書いているため、ゲーテ濃度が高くて読むのが辛い(笑)」

僕はゲーテよりも、エッカーマンになりたい
ゲーテ自身による自伝よりも高く評価される『ゲーテとの対話』。鈴木さんは著者のエッカーマンに憧れの気持ちがあるという。
「僕は創作者としてゲーテに“しゃべらせたい”という欲求があります。その気持ちを、ソクラテスをしゃべらせたプラトンのように、エッカーマンは『ゲーテとの対話』で実現しました。今回書いた『ゲーテはすべてを言った』はリアリズムに徹したかったので、ゲーテが本当に言っている言葉だけに絞って引用という形を取りました。でも、いずれは偉人を登場させて話をさせるという、小説にしかできないことをやってみたい。僕はゲーテよりも、エッカーマンになりたいんです」
『ゲーテはすべてを言った』では『色彩論』についての記述も多い。『色彩論』はゲーテの理解に欠かせない一冊なのだろうか。
「正直言って、『色彩論』は面白い本とは思えません。僕は『色彩論』を読まないと『ゲーテはすべてを言った』を書けなかったから、必要性に迫られて読んだということ。無理に読まなくてもいいのではないでしょうか。ただし、宇多田ヒカルさんはブログの中で、“私の今の愛読書はゲーテの『色彩論』だ”と言っていた。彼女も『色彩論』に影響を受けているんだなと。人それぞれですね」
ほかにもゲーテの著作は多数。全集を読み切った鈴木さんが読者の視点で面白いと感じたものは?

「『イタリア紀行』はゲーテ研究者の間で人気が高い。ゲーテがイタリアへ旅に出かけ、開放的な気分で遺跡を見たり、おいしい料理を食べたり、恋愛をしたり。日記風で読みやすい一冊。『ヘルマンとドロテーア』も気に入る人が多いでしょう。動乱の時代を生き抜こうとする若い男女の物語で、よくありがちな普通の話ですが、面白いと感じましたね。あとは、『親和力』かな。閉ざされた世界で2組のカップルが不倫するという変な話。『色彩論』とつながっている世界観があって楽しく読めました」
現代作家の作品を読む喜びは、時代をともに生きている喜びを感じられること

世の中には文学作品があふれている。書店に行けばゲーテをはじめ古典がずらりと並び、現代の作家の新著も次々に刊行されている。古典を読むべきか、それとも今の本を読むべきか。
「僕は現代作家なので今の本と答えたいですけど、自分の思想的には古典をという気持ちが強い。クラシックというものは時の精査を経ているわけだから、値段以上の価値があります。極論をいえば、“究極は『聖書』だけでいい”。『聖書』は一生をかけて何度も再読する価値のある素晴らしい書物だと思います。でも、今の本も読んでほしい。現代作家の作品を読む喜びは、自分と同じ世代にこういうことを考えている人がいるんだという発見。時代をともに生きている喜びを感じてほしいですね」
鈴木さん自身も、「今後もたくさんの本を読んでいきたい」と話す。
「小説家になると、本を読む時間がなくなると言う作家もいます。でも、そんなことはありません。僕が尊敬する作家の丸谷才一さんも、大江健三郎さんも多作でありながら、終生読書に励みました。知識の更新は重要。過去の学びを使って、“手癖”で本を書くというのは、読者に対してとても失礼な行為だと思っています」