PERSON

2025.02.25

新芥川賞作家・鈴木結生「ゲーテは苦手」。それでも題材に選んだ理由

2025年1月、第172回芥川賞を受賞した鈴木結生さん。受賞作『ゲーテはすべてを言った』は、ゲーテ研究者である主人公・博把統一が家族とともに訪ねたレストランで、ティーバッグのタグに書かれた「ゲーテのものとされる知らない名言」に偶然出合い、その原典を探すという物語だ。作者の鈴木さんはなぜ創作のテーマにドイツの文豪ゲーテを選んだのか。またゲーテを題材にどんな手法で新たな物語を作り上げたのか。鈴木結生さんへのインタビュー、全3回のうち第1回は「鈴木結生のゲーテ論」。

鈴木結生さん『ゲーテはすべてを言った』インタビュー
鈴木結生/Youi Suzuki
2001年福島県生まれ。2024年『人にはどれほどの本がいるか』で林芙美子文学賞佳作を受賞しデビュー。2025年『ゲーテはすべてを言った』で第172回芥川賞を受賞。現在は福岡の西南学院大大学院に在籍し英文学を専攻している。

ゲーテは全能といえる存在

西南学院大大学院に在籍し英文学を専攻する鈴木結生さんは現在23歳。ゲーテ文学の愛好家やゲーテを語る世代の方々には「若い」と思われるだろう。まずは鈴木さんにゲーテとの出合いについて聞いた。

「僕は父親が牧師というクリスチャン家庭に生まれました。だから、身近な本といえば、まず『聖書』。物心ついた頃から『聖書』を読んでいました。それから、ごく自然に『聖書』につながる文学作品を読むようになった。ダンテ『神曲』とか、ゲーテ『ファウスト』とか。『ファウスト』は潮出版社が出していたゲーテ全集に収録されたものが好きでした。1冊の中に『ファウスト』の第1部と第2部、加えてゲーテが若い時に書いた『ウル・ファウスト』も入っていて、値段的にお得でいいなって感じていたんです(笑)」

『ファウスト』はゲーテの代表作のひとつとして知られるが、難解な表現が多く、「読むのを途中で断念した」という声もよく聞く。

「第2部は特に難しい。でも、『ファウスト』の枠組みは基本的に『聖書』のヨブ記。だから、クリスチャン家庭に育った僕にとって、全然わからないというほどのことではなかった。当時、僕はシェイクスピアが好きだったので、文中の酒場にシェイクスピアの物語に出てくるキャラクターが現れたり、シェイクスピア作品の引用が出てきたりすると、すごくうれしくなりました。『ファウスト』は繰り返し読んだ一冊です」

だが、その後、鈴木さんがゲーテ作品にハマることはなかった。ゲーテは「今でも苦手な作家」だとも言う。

鈴木結生さん『ゲーテはすべてを言った』インタビュー

「ドイツ文学ではむしろヘルマン・ヘッセやトーマス・マンに惹かれました。僕はマジカルな小説が好きで、ゲーテでマジカルといえる作品は『ファウスト』くらいしか思いつかない。ゲーテは基本的にリアリズムの作家。ロマン主義を嫌悪していて、作品は写実主義の性格が強い。そこが趣味に合わなかったんです。人気作といわれる『若きウェルテルの悩み』も写実主義の作品なので、あまり好きではありません」

ゲーテが苦手だという鈴木さん。では、どうしてゲーテをテーマにした本を書こうと考えたのか。

「苦手に感じ、敬遠してきたからこそ、ゲーテをテーマに作品を書きたいと思いました。ゲーテを題材にした本を書くためには、ゲーテの著作を集中して読まなければならない。執筆することで、そういう状況を作り出せると考えたんです。『ゲーテはすべてを言った』は2作目の作品ですが、デビュー作『人にはどれほどの本がいるか』はトルストイが題材。トルストイもあまり読んだことがなかったので、あえてトルストイを選んだんです」

『ゲーテはすべてを言った』を書くために鈴木さんは全ゲーテ作品と、ゲーテに関する論評や派生文学作品を読み漁った。特にゲーテに傾倒し、11篇ものゲーテ論を残したトーマス・マンの著作には大きな影響を受けたという。そうした書物を通して、鈴木さんの頭にはどんなゲーテ像ができあがったのだろう。

「トーマス・マンの受け売りのようなゲーテ像になりますが、ゲーテはヨーロッパの知的伝統の最後に位置する人。アリストテレス的伝統とも言えますが、個人がありとあらゆる学問を修め、そのうえで詩を作るという、全能といえる存在です。ドイツでは、モーセ、イエスと同格。中国でいえば、孔子に当たるような人物ですね」

ゲーテには恋愛に関する逸話も多く残されている。恋の相手は貧しい少女から貴族の夫人まで、いわば“手当たり次第”だ。

「ゲーテの恋愛対象は幅が広く、そのため欲望過多なイメージが作られてしまった。でも、それはゲーテ自身の欲望というよりも民衆の欲望の表れというところが大きいのではないでしょうか。ゲーテが生涯の大部分を過ごしたドイツのワイマールの人々は、ゲーテがいろいろな人と関係を結んだことで、自分たちはゲーテの子孫であるんだと感じていた。つまり、ゲーテは共同幻想の源といえるんです。ゲーテはさまざまな女性と交渉を持ちましたが、妻との関係は良好だった。あの時代の“詩”という文学は、不倫からしかできないというヨーロッパの伝統を妻もわかっていたのでしょう」

すべての物事をまとめるのは愛

ゲーテは生涯にわたって数多くの名言を残した。作品を読み尽くした鈴木さんが感銘を受けた名言とは。

「2つ挙げたいと思います。ひとつは『もし牢獄に行くなら、聖書を持っていく』。シンプルに僕の精神性と結びついていると感じる言葉です。もうひとつは『愛が帯の役を果たさなければ/所詮はすべてバベルの塔に過ぎない』。この言葉は『聖書』の「コロサイ人への手紙」に出てくる「愛は、すべてを完全に結ぶ帯である」という一節のアリュージョンです。愛がすべてをまとめてくれないと、世の中はぐちゃぐちゃと混沌としたまま。その状態をゲーテはバベルの塔に喩えたわけです。すべての物事をまとめるのは愛。その通りだと思います」

鈴木結生さん『ゲーテはすべてを言った』インタビュー
インタビュアーが用意していた『ゲーテはすべてを言った』を手に取り、目当ての名言が書かれたページをさっと開いた。

TEXT=川岸徹

PHOTOGRAPH=太田隆生

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