お笑い界きっての読書家としても知られる、ティモンディの前田裕太さん。「読書に人生を救われてきた」と語る前田さんに、「生き方に決定的な影響を与えた本」を3冊挙げてもらった。
『四畳半神話大系』のおかげで“結果至上主義”の呪縛から解放された
「3冊だけって、酷な話ですよ」と笑いながらため息をつく。「前田裕太さんに大きな影響を与えた本を3冊紹介してほしい」という編集部からの依頼に対してだ。
「取材のお話をいただいてから、自宅の本棚を眺めては『うーん、どうしよう……』って悩みまくって(笑)。厳選に厳選を重ねた結果、この3冊になりました」
1冊目は森見登美彦の小説『四畳半神話大系』。前田さんは大の森見登美彦ファンで、著書はいずれも読む用と保存用で複数冊所有しているほどだという。出合いは、青春時代の絶望のさなかだった。
「ずっと野球をやっていて、甲子園に行くという目標に向かってすべてを費やしてきました。だけど高3夏の県大会で負けてそれがかなわず、『もうおしまいだ』と人生に絶望してしまって。やることもないので学校の図書室で放課後を過ごすようになり、ずっと窓から外をぼんやり眺めているだけの日々を過ごしていました。絵に描いたような放心状態の僕を放っておけなかったのか、司書さんがいろいろ本を紹介してくれたんです」
薦められたなかに『四畳半神話大系』があった。読み進めるうちに、キャラクターたちの“自分勝手さ”に惹きつけられていく。
「みんな好き放題やって、うまくいったら自分の手柄、失敗したら他人の責任、みたいな感じでめちゃくちゃ自己中なのに、不思議と人として愛せる。『ある意味、こういう人間も魅力的なのかもな』と思えました」
野球に打ちこみ、青春を捧げていた当時の自分のことを、前田さんは「“結果至上主義”に毒されていた」と振り返る。
「『甲子園に出場する』や『プロ野球選手になる』とか、高い目標を定めてそれを達成することこそ重要で、もしそれができなかったら全て無意味。放課後に友達と遊びに行ったりするのも、怠惰なこと。ずっとそんな風に考えて生きてきたから、目標をクリアできなかった時にどうしたらいいかわからなかった。
『四畳半神話大系』に限らず、森見先生の小説の登場人物たちはやることなすことバカバカしくて、どうしようもないような人生を歩んでいるように見えるけども、みんな自己愛に溢れている。それを読んでいて、僕は今まで“部活”をやっていただけで“人生”をやっていなかったことに気づいたんです。自分の人生を生きるためにはどうしたらいいのか、と考えるようになりました」
マクロ的な視点を持つことで、気持ちがふっと楽になる
「自分の人生を生きるためにはどうしたらいいのか?」
この命題は前田さんの思考の軸を担うようになる。SF超大作『三体』に魅入られたのも、それが理由だった。
「『三体』は文化大革命からはじまり、地球外生命体とのコンタクトや人類存亡の戦いを、数千年のスパンで描いていきます。そのなかで主人公たちは多くの決断を迫られるのですが、彼らはことごとく『え、そっちを選ぶの!?』という選択をする。それがハラハラして、ページをめくる手がとまりませんでした」
物語、世界観の面白さもさることながら、その壮大なスケール感にも引きこまれた。
「普段生きていると、物事をミクロ的な視点だけで考えがちじゃないですか。頭でっかちになってしまうというか。でも、人生を俯瞰してぐっと引いて見てみることができれば、自分の悩みや思いこみがとてもちっぽけで、些細なことだと気づく。人間の肩書きや社会的評価なんかも本当はあまり意味がないというか、誰もが等しく価値がないともいえるし、価値があるともいえると思うんです。
細かいことに執着せず、自分らしく生きるために必要なマクロでフラットな視点を、『三体』には与えてもらった気がします。“今”に一喜一憂しなくなって、ストレスや悩みも消化しやすくなりました」
3冊目は、岡本太郎の語録集『強くなる本』。
「名言集とか自己啓発本って内容的には大差ないというか、どれも同じに見えてしまう」と話すが、この本は折に触れて読み返しているという。
「『目標なんてなくていい!』と言い切っている箇所があるんですが、そこがすごい印象的で。『強くなる』というタイトルなのに目標はいらないって、なんだか対義的に感じますよね。『目標を持たずにどう生きるべきなのか』が岡本さん流の実践的な言葉で語られていて、腑に落ちる部分も多いんです」
「自分の人生を生きるとはどういうことか」を突き詰め、日頃から難解な哲学書にも親しんでいるという前田さん。だからこそ、観念だけに留まらず、理想とする生き方を噛み砕いて分かりやすく提示する同書が新鮮に感じられた。
「『他人の眼なんて気にするな』とか、『成功しよう、評価されようとかいう目的は持たない』と書かれていて。『自分の考えは世間に受け入れられないかも』と少し凹んでしまった時とかに読み直すと、それを許容してもらえる感じがあるんです。人として弱い部分を“強く”してもらえるというか」
また、読むタイミングによって毎回新たな発見があるのも面白いという。
「じっくり全ページを通読するというより、ときどき手にとって3〜4ページ読んで本棚に戻すような読み方をしています。それまでは感じ取れなかった文脈が、ある時急にわかったり、時期によっては逆に全然刺さらなかったりする。いずれにしても、芸人になってから大きな影響を受けている本であることはたしかです」