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2021.03.04

映画『太陽は動かない』の作家・吉田修一が語る、仕事が舞い込む所作

自作『太陽は動かない』が映画化され公開となる作家・吉田修一が20年通い続けているのが東京にある新宿十二社 熊野神社。デビュー時も、新しい作品に挑戦する時も、この神社の本殿で挨拶をして、手を合わせてきた。

西新宿の高層ビルの麓、新宿中央公園の一角にある熊野神社。「公園の隣にあるパーク ハイアット 東京で執筆していたこともあり、このあたりには、いい気を感じるんです」と吉田氏。

「若い頃はお願いに、今はお礼に訪れています」

小春空広がる冬晴れの朝、作家・吉田修一氏が参道を上がってきた。東京都庁など高層ビルの麓に広がる新宿中央公園。その一角にある新宿十二社(じゅうにそう)熊野神社(以下熊野神社)は都会の喧騒から解放され、クルマの走行音も遠くに聞こえる。

ことあるごとに、吉田氏はこの神社を訪れてきた。

「最初は2001年の正月でした。30代に入った頃です。中野に住む友人に連れられて、熊野神社で年を越しました。凍えながらお酒を飲んで、屋台のおでんを食べてね。作家にはなったものの、将来が見えない時期です。小説家で食べられなかったら屋台を引く仕事をやれないかなーー。おでん屋さんに並びながら本気で考えていました」

その頃は、荻窪の狭いアパートで暮らしていた。

「ユニットバスつきの1Kで、玄関に入って6歩で反対側の窓に行きつくような部屋でした。エアコンの掃除や自動販売機の缶ジュースを補充するアルバイトで生計を立てて、小説を書いていましたね」

翌’02年も、熊野神社で新年を迎えた。

「その年に『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞をもらって。本当に思いもよらぬことだったので熊野神社との縁を感じました。あれから、ここの神様とは20年のお付き合い。今では“自分の神社”だと、勝手に思っています」

都内で引っ越しを重ね、環境をかえることで、その土地から新しいインスピレーションを得て執筆する。そして、どこで暮らしていても、熊野神社には必ず訪れてきた。

小説家として勝負を強く意識した4作品

純文学の新人に授与される芥川賞を33歳で受賞した吉田氏だが、その後はエンタテインメント小説も手がけ、さまざまな分野の作品に果敢にチャレンジしている。そんな、作家としての“勝負作”が4作ある。

「最初のチャレンジは、世田谷でルームシェアする5人の男女を描いた『パレード』です。初めての長編書き下ろしでした。これまでと違う小説を書くーー。それを強く意識した作品です。新しいタイプの小説として読者に受け入れられたことは、とても大きな自信になりました」

次の勝負作は、’03年の恋愛小説『東京湾景』。

「長編恋愛小説が自分に書けるのか。不安を抱えながら始めた作品です。頭の中でずっと持っていた5つのタイプの男女は『パレード』ですでに出し切ってしまっていて、『東京湾景』では、新しいキャラクターを生みだす必要がありました。ずいぶん悩んだことを憶えています。品川とお台場という舞台をまず設定して、土地から主人公をイメージして、活路を開いていきました。『東京湾景』では、雑誌で短編の連作を書いていくスタイルも試みています」

3つ目の勝負作は、’07年の作品『悪人』。

「僕の最初のミステリー小説です。それまでに犯罪を書いたことはあったものの、いわゆる犯罪小説は『悪人』が最初でした」

殺人の容疑者と女との逃避行を描いた『悪人』は、初めて手がけた新聞小説でもあった。

「新聞連載は、思いもよらずいいテンポで書き進めました。新聞小説の一日分は、原稿用紙に換算すると2〜3枚です。そのペースが生理的に合っていたとは思っています」

こうした勝負作の時にも、熊野神社で手を合わせてきた。

そして、4つ目のチャレンジが、映画化作品が3月5日に公開される『太陽は動かない』。原作は’12年に出版された。

「『パーク・ライフ』で芥川賞をもらい、『悪人』は映画もヒットしました。すると、周囲が『悪人』のテイストの作品を求めていることが何となくわかるんです。でも小説家としては、いわゆる“悪人2”のような作品は書きたくない。新しい分野に挑みたい。そこで超ド級のアクションを意識したのが『太陽は動かない』でした」

作品の主人公は国境を超えて活動するエージェント、鷹野一彦。そのキャラクターは’10年に大阪で起きた事件から生まれている。当時23歳だった女性が2児を虐待。育児放棄の末、部屋に置き去りにして餓死させた。

「密閉された部屋に何日も閉じこめられる気持ちをイメージするため、実際に自宅にこもってみたんです。するととにかく壁の向こうに行きたい欲求が猛烈に高まり、外へ飛びだして暴れたくなった。そこで物語のなかでは、主人公を部屋から救いだし、思い切り暴れさせることにしたんです」

初めてのスパイ小説を書き始めると、脳内にアドレナリンが溢れたのか、体験したことのないほど高揚した状態になった。

「自分が鷹野に思えて、無敵になった気分でしたね。執筆で忙しくても、雑誌のコラムや取材も全部引き受けて。脱稿と同時に高熱で倒れました(笑)」

開運印鑑

吉田修一氏の勝負道具
「新宿同様、台湾にもいい気を感じています」という吉田氏が、台湾で良運の字画に揃えてオーダーメイドで彫ってもらった“開運印鑑”。

今日書くべき原稿に集中できる自分になる

『太陽は動かない』は、鷹野の10代を描く『森は知っている』と30代を描く『ウォーターゲーム』を生み、三部作として’18年に完結。映画版は2作目の『森は知っている』と合わせて、ストーリーが構成されている。

「映画版は活字では表現できないようなアクションシーンの連続です。原作者であることをまったく忘れて、ジェームズ・ボンドの007シリーズを観るように試写を楽しみました。僕は10代から映画が大好きで、時間を見つけては映画館に通っていたんですよ。執筆中も脳の中では物語のシーンが展開しているから、映像的だといわれる作品が多いのかもしれません」

映画『太陽は動かない』のヒットも、熊野神社で祈願した。「神様にお願いするのは久しぶりです。最近は小説の完成や、こうして小説家を続けられている感謝の気持ちを伝えにくることがほとんどなので」

熊野神社にいると、参拝に来る誰もが礼儀正しいことに気づく。参道でお辞儀をし、本殿で手を合わせ、鳥居の下でまた深々と頭を下げて帰路につく。

「僕には煩悩がたくさんあります。もちろん欲もある。もっと評価されたい。もっと読まれたい。どうしたらいいんだってーー。そう思います。でも、そういう時には、とにかくその日に書く原稿を少しでもよい文章にしようとしています。そう思えるのは、この神社のおかげかもしれません」

 

Shuichi Yoshida
1968年長崎県生まれ。’97年『最後の息子』が文学界新人賞を受賞しデビュー。2002年『パレード』で第15回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第127回芥川賞を受賞。’16年より芥川賞選考委員も務めている。最新作は『湖の女たち』。

 

3月5日全国公開! 映画『太陽は動かない』

『太陽は動かない』

©吉田修一/幻冬舎 ©2020「太陽は動かない」製作委員会

監督:羽住英一郎
脚本:林 民夫
出演:藤原竜也、竹内涼真、佐藤浩市ほか
心臓部に爆弾のチップが埋めこまれ、24時間ごとに定期連絡をしなければ爆死させられる運命のエージェント、鷹野一彦と相棒の田岡亮一を描くアクション映画。ロケ地はブルガリア。市街で、空で、ド派手なカーチェイスや銃撃戦が繰り広げられる。

原作本はこちら!

『太陽は動かない』847円『森は知っている』715円(ともに幻冬舎文庫)
映画版は『太陽は動かない』を軸に、主人公・鷹野の10代を描く『森は知っている』と合わせて物語を構成。青春のシーンが切ない。

太陽は動かない

TEXT=神舘和典

PHOTOGRAPH=柏田テツヲ

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