今最も注目されている俳優のひとり、前原滉。2024年12月20日公開の主演映画『ありきたりな言葉じゃなくて』では、絶頂から一瞬にして奈落に突き落とされ、悩み、もがく32歳の新人脚本家・拓也を演じている。「主人公の気持ちがわかる」という前原は、どのようにして今のポジションを手に入れたのか。転機になったこととは。インタビュー後編。 #前編
養成所に入所して2年間は窓際族だった
前原が俳優を志したのは高校3年の時。当時見た舞台がきっかけだったそうだ。
そして高校を卒業した2011年、小栗旬や田中圭、綾野剛らが所属する芸能事務所、トライストーン・エンタテイメントの養成所に入所。
最初の1年間は地元・仙台でバイトをしながら週1回のレッスンに通い、翌年上京。本格的に俳優デビューを目指すことになるが、「なかなかうまくいかなくて」と前原は話す。
「『小栗旬さんみたいになれる、なるんだ!』と意気込んで入所したんですが、2年くらいは、完全な窓際でした。
事務所に所属した後に、当時の講師から言われたんですが『毎週レッスンに通っては来るけれど、そのうち辞めるんだろうな』と思われていたそうです。『レッスン中に言われたことだけやって、なんのインパクトも残そうともしない。なんのために来ているんだろう』と。
自分でも、事務所を辞めようかと思っていました」
転機になったのは、ヒッチハイクだった。
どちらかというと人見知りで、人と話をすることも苦手。そんな自分を変えるために、「西へ」という紙を掲げて道路に立ち、ヒッチハイクをしながらの旅を決行したのだ。
「クルマに乗せていただいた、ほとんどの人が打ち明け話みたいなものをしてくれたんです。
それまで家族にも話していなかったような、けっこう重めの話を、ポツリ、ポツリとしてくれて。その人にしてみれば、僕に聞いてもらいたいというより、壁当て的な感覚なんでしょうね。たぶん僕が、二度と会わない相手だからだと思います。
そうやっていろんな話を聞くうちに、自分が抱えていた悩みやモヤモヤがしょうもないものに思えてきました。自分がこだわっていたちっぽけなプライドが消えて、『小栗さんになれないならなれないで、別の道を探せばいい』と、吹っ切れたというか」
自分を印象づけるために突拍子もない行動をとった
これを機に、養成所での前原の行動は、誰の目から見ても180度変わった。
言われたことだけを淡々と“こなしていた”青年は、どうすれば自分を印象づけられるかを考え、大胆に行動するようになったのだ。
「青年の役なのに、おじいちゃんの衣装やメイクをして演じたり、台本に書いていないことをやったりと、けっこう突拍子もないこと、していましたね。
それまでは失敗して笑われるのが怖くて無難なことに逃げていたけれど、どうせなら、振り切ったことをして周りに笑ってもらい、楽しんでもらったほうがいい。
そう考えるようになったんですよね。そうしたら、自分自身も楽しくなってきたし、周りの反応が全然違ってきました」
当時は養成所から事務所の所属になるには、オーディションに合格する必要があった。養成所の生徒から何名かが選抜され、事務所のマネージャーたちの前で芝居をし、目に留まれば所属が決まるという流れだ。
どうすれば、オーディションの声がかかるか、マネージャーの目に留まるか。前原は、それを意識し、戦略を練るようになった。
「そんなことをしなくても誰かに見つけてもらえるような特別な人間でありたいと思っていたんですけどね。
それこそ、(今作『ありきたりな言葉じゃなくて』主人公の)拓也みたいに。……自分が特別じゃないことに気づけたのが早かったのは、ラッキーでした。
今振り返ると、ヒッチハイクでの出会いにしても、デビュー後にいただいたいろんな役にしても、僕は運に恵まれていたと思います。
事務所に所属できたのだって、僕の実力が抜きん出ていたわけじゃなく、運もあったと思うんですよ。何かひとつでも違っていたら、僕ではない誰かが所属になっていたんだろうなって」
奇しくも、今回主演した映画『ありきたりな言葉じゃなくて』の展開は、前原のその言葉がしっくりと当てはまる。
些細に思えるようなことが引き金となり、人生が大きく変わってしまうことは、珍しくはない。そして、気持ちや行動の転換を後押しするのは、周囲の人々のやさしさや温かさであることも。
「きっと僕が知らないところで、いろんな人たちが僕のことを後押ししてくれたり、助けてくれたりしていたんだろうなと思うんです。すごく感謝していますし、自分も誰かを、そんなふうに後押ししたり、力になれたらいいなと思っています」
そう言った後、「でも、キャラじゃないんですよね」と言って、照れくさそうに前原は笑う。
「話しかけやすいのか、けっこう後輩から相談されるんですけど、どんな言葉をかければいいかわからないんですよ。僕自身、人に相談することってほとんどないので、相談のされかた自体わからないというか(苦笑)。
たまにアドバイスめいたこと言ったりするんですけど、『いやいや、お前がそんな偉そうなこと言えるか⁉』って、自分で自分に突っ込みをいれちゃうんです。
このインタビューも、答えながら『オレ、そんなこと言って恥ずくないか⁉』って思っているくらいですから(笑)」
肩に力が入ることなく、常に自然体で、ふんわりと周りを包み込む前原の雰囲気。だからこそ、どんな役を演じても、観る者に「いるいる、こういう人」と思わせるのだろう。
何者でもない何か。俳優、前原滉は確実にその道を見つけ、歩んでいる。
『ありきたりな言葉じゃなくて』
町中華を営む両親と同居し、ワイドショーの構成作家としてナレーション原稿の執筆に奔走する32歳の藤田拓也。鬱々とした日々のなか、先輩脚本家の推薦で念願の脚本家デビューが決まり、有頂天になった拓也の前にひとりの女性が現れて……。偶然の出会いによってもたらされた“予期せぬ人生のつまずき”、アラサーという青春から微妙な距離にいるからこその男女の葛藤とあがきを描いたヒューマンドラマは切なくも、心に染み入る。
渡邉崇監督による書き下ろし小説も発売中。映画とは異なる、拓也、りえ、京子、猪山、4人の視点で物語が進行していく。
出演:前原滉、小西桜子、内田慈、奥野瑛太ほか
脚本・監督:渡邉崇
原案・脚本:栗田智也
2024年12月20日(金)より全国にて公開
衣装クレジット:ジャケット¥106,700、ポロシャツ¥55,000、パンツ¥85,800(すべてエンポリオ アルマーニ/ジョルジオ アルマーニ ジャパン☎︎03-6274-7070) シューズはスタイリスト私物