2023年の草彅剛の俳優活動には目を見張るものがあった。舞台『シラの恋文』では様々な人たちが暮らすサナトリウムを訪れる主人公を、朝の連続テレビ小説『ブギウギ』ではヒロインを高みへと導く作曲家・羽鳥善一を、『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』ではコーダ(CODA=耳が聞こえない両親を持つ)の手話通訳士を演じ、それぞれに評判を呼んだ。そして同年に撮影していた主演映画『碁盤斬り』がいよいよ2024年5月17日(金)に公開される。
歳を重ねても成長できるなんて、ありがたい
「去年は芝居という芝居を網羅したからか、とても満足感がありますし、芝居の神様に“いい子いい子”されている感じがします。役や台詞から“いいもの”をいただきました。
優れた脚本家の方が書かれている作品にはいい台詞が多いので、自分では想定できないような言葉やセンテンスを役としてたくさん口にすることで、僕自身が賢くて清らかな、すごくいい子に育ってきています。
歳を重ねても役のおかげで成長できるなんて、ありがたいですよね」
映画『碁盤斬り』では、今まで見たことのない草彅剛がスクリーンのなかにいた。宣伝ビジュアルを見て、彼だと気づかない人もいるだろう。声の響きもまるで別人だ。
「ありがとうございます。自分が演じてきた役のなかで、この格之進が一番カッコよいと僕も思っています。
完成した映画を見て最初に思ったのは、『俺、江戸時代に生まれたら、もっと人気が出たんじゃないか。生まれた時代を間違えたな』でした(笑)。こんなに笠が似合う人は、令和の時代になかなかいないんじゃないかな」
冗談めかしてそう言うが、たしかに草彅は格之進として江戸時代を生きていた。
高倉健のことをずっと考えていた
草彅が演じる柳田格之進は彦根藩の武士だったが、身に覚えのない罪を着せられて故郷を追われ、娘のお絹(清原果耶)と江戸の貧乏長屋で暮らしている浪人だ。
囲碁の達人でもある格之進の、嘘偽りのない勝負に徹する打ち方に、その実直な人柄が表れている。
前半の格之進は寡黙で実直、すなわち“静”である。ところが中盤である事件が発生して格之進が激怒する。その静から動への豹変ぶりは、狂気を感じるほどである。
「前半の江戸は“表”です。聞いたところによると、江戸時代は華やかで暮らしやすく、お祭りも賑やかで楽しい時代だったらしくて。桜が咲いている水辺で格之進が國村隼さん(萬屋の亭主・萬屋源兵衛役)と囲碁を指すシーンも、とっても楽しそうな雰囲気です。
ところが、それまで優しかったキョンキョン(小泉今日子、遊郭「半蔵松葉」の大女将・お庚役)が突然厳しい顔を見せるところで、“裏”の江戸を感じることができます。あの辺りから、斎藤工くん(柴田兵庫役)に対する格之進の復讐心も目覚めていきます。
白石和彌監督なので優しい世界観のままでは終わらないんだなと感じたら、僕も気持ちがノっきて。過去に観た白石監督の映画には血のイメージがあったので、一枚の布に血が滲んでいくように、僕のなかで混ざりあった“何か”が滲み出ていく感覚がありました」
草彅のなかで混ざりあった“何か”とは、格之進の感情はもちろん、故・高倉健が任侠映画で演じた人物や、草彅がかつてヤス役を演じた映画『蒲田行進曲』で描かれた、「命を捧げている男たちの熱い思い」だという。
「『碁盤斬り』の撮影所で健さんのことをずっと考えていました。
本来は今撮っている『新幹線大爆破』(世界配信予定のNetflix映画。1975年に高倉健が主演した同名映画のリブートで、草彅が主人公を演じている)で健さんを意識したほうがいいとは思いますが、京都の撮影所だったので『健さんも、銀幕スターの時代に毎日のようにこの撮影所で芝居をしていたんだよなあ』と。
そういう時間が、格之進を演じるうえで一番の役作りになった気がします」
草彅と高倉健の初共演は、高倉健の遺作となった映画『あなたへ』(2012年)だった。草彅が初めて「役者になりたい」と自覚した、ターニングポイントとなる出会いだという。
「格之進の男らしさや無骨さに、健さんの『不器用ですから』(高倉健が出演したCMで言った台詞)というイメージに通じるものを感じたんです。
健さんが演じたいくつもの役の印象や、直接お会いして感じた雰囲気、空気感、佇まいみたいなものを自分のなかに落とし込んで、イメージを膨らませて格之進を演じていました」
毎日時間が解決してくれて、今日まで来れた
草彅が言うとおり、『不器用ですから』という台詞は格之進にフィットする。
とはいえ格之進の融通の効かなさや意固地さは、“不器用”の範疇を超えている。その性分が事態をややこしくし、愛娘・お絹を危険に晒すことになってしまうのだ。
「僕から見ると、格之進は本当に面倒くさい男だなと思います。娘と平和に暮らしていればいいのに、自分のこだわりを譲れない。だから格之進をやりながら、本当にイライラしていました。
でもその感情が、格之進の苛立ちや怒りと相まって演じられた気がします。格之進のその譲れなさを、僕にはわからない曲げられないカッコよさ、古き良きもののなかにある魂だと、自分に思い込ませて。
白石監督も格之進のそういうところを大事にされていたので、必死についていきました」
世渡り下手の格之進を「僕にはわからない曲げられないカッコよさ」と表現するということは、草彅は自身は世渡り上手、よくいえば柔軟なタイプなのだろうか。
「うーん……(としばし考えて)結果的にこうしてうまくいってるから世渡り上手なのかもしれないですね。人はそれぞれ、譲れないポイントや妥協するポイントが違うと思うんです。
『自分ではこれがいいと思っていたけれど、ちょっと間違ってたのかな』『みんなはこっちがいいというけれど、やっぱりこっちの方が僕は好きだな』という好みの違いは僕もあります。でも自分はあまり固執して考えないから、そこが世渡りの上手さになってるのかもしれない。
もちろん嫌なこともあれば、思い悩む夜もありますよ。そういうときはとりあえず寝ちゃいます。朝起きたら頭も気分もクリアになって、『昨日はなんであんな風に考えてたのかな』とポジティブになっているんです。
毎日時間が解決してくれて、今日まで来ています」
人生は何もかも時間がかかるしコツコツやるしかない
『碁盤斬り』の撮影現場には、最高の作品を作るという共通の目的を持っているプロフェッショナルたちが集結した。それぞれの譲れないこだわりがぶつかりあうことはなかったのだろうか。
「大変といえば大変でした。1日中かつらやひげを付けっぱなしで、花粉症で出てくる鼻水をその状態でふかないといけない。ひげがチクチクチクチクして、ある意味拷問ですよね(笑)。
そんななか、照明さんら技術さんがものすごくこだわって、時間をかけて光を作ってくれるわけです。僕には違いがわからないから『もういいじゃん! じゅうぶんカッコいい絵になってるじゃん!』と思うけど、僕が口出しをするのは御無用だから黙って自分の芝居をするだけです。そして完成した映画を見るとやはり違うんです。
職人のみなさんのパワーが集まった、素晴らしい画になっていました」
俳優によってはしびれを切らし、草彅が飲み込んだ「もういいじゃん」という言葉や、そのあとに続くかもしれなかった「早く撮ろうよ」という発言をするかもしれない。だが、草彅は言わなかった。
「今までの経験から、口が裂けてもそんなことを言ってはいけない立場に自分がいることはわかります(笑)。現場はこだわりのある一流の人たちの集まりだから、真面目にやっているがゆえに時間がかかることもある。
極端な話、人生においては何もかも時間がかかるし、すぐにできることはない。だからコツコツやるしかない。そう思うと気持ちがスーッと楽になって、『今は待つ時なんだな』と思えてくるんです」
まずは素直に受け入れてみるというマインド
草彅には、もう一つ思い悩むポイントがある。そのほとんどがコミュニケーションのちょっとしたズレに起因するという。
「自分ではそう言ったつもりはなかったのに、他人からネガティブな捉えられ方をされていたりすると、結構ショックですよね。『悪気がないのにそういうふうに受け取る?』みたいなね。
人間関係におけるそういう悩みは、多分みなさんも尽きないと思いますし、僕も考えてしまうときはあります。でも、これも一晩寝ればだいたい解決します(笑)」
身近な人だけでなく、不特定多数からのさまざまな評価も耳に届くと容易に想像できるが、どのように自身の考えやメンタルを保っているのだろうか。
「いろんな考え方があるのは当たり前だから、自分と違う意見にびっくりしないで、まずは素直に受け入れてみるというマインドです。
その意見に傷つくことやがっかりすることもなくはないけれど、自分も含めてみんなが一生懸命やっているうえでの意見の違いであれば、それも愛に変わってきて、うまくディスカッションしていけると思っています」
※後編へ続く