THK代表取締役会長の寺町彰博氏と、カーデザイナーの中村史郎氏。自動車を愛するふたりのエピソードを紹介。【連載 相師相愛】
夢と情熱を乗せたクルマ
寺町 中村さんには2023年秋にジャパンモビリティショーに初出展した、実走行可能なEVプロトタイプ「LSR-05」のプロジェクトを手伝っていただいて。
中村 自動車メーカーではない部品メーカーが、あれだけ本格的なクルマを造ったのは大きな衝撃だったとモータージャーナリストも言っていました。
寺町 自動車がインターネットにつながる時代には、ソフトウェアさえあればいいんだという声があったでしょう。ただ、自動制御も大事ですが、それを忠実に実行するのは部品なんですよ。また、ラグジュアリーな居住空間を造るためにも提供できる部品がある。自分たちの部品を使ったクルマを造ってみたいという夢がずっとあったんです。おかげで、素晴らしいクルマができました。
中村 2年がかりでしたね。ありがたいことに企画段階から加わらせていただいて、プラットフォームから技術的なこと、デザインから内装まで、本当に妥協なく造りこむことができましたし、その時間も十分にあった。私は50年くらいクルマ造りに関わってきましたが、やりたいことを一緒にやらせてもらえた、思い出深いクルマです。
寺町 コロナで対面が難しくて、大変な時期もあった。でも、日本全体が、チャレンジしていこうという雰囲気が今あまりないでしょう。新しい技術を明らかにしてしまうのではないかというリスクもありましたが、それよりも暗い空気に一石を投じてみたかった。
中村 そこに強く賛同したんです。今、日本には閉塞感がありますよね。新しいことに挑戦する人が少ない。失敗してはいけないと縮こまっている。そんななか、思いきったチャレンジは大きな意味があったと思います。
寺町 実は、思わぬ益もあったんです。プロジェクトには、産業機器関連、免震など、いろんな技術を持つメンバーが集まっていたんですが、これを機会にお互いの技術を知った。こんなこともできるのか、と縦割りだった開発が、横串でクロスファンクショナルに動けるようになったんです。
中村 そうでしたか。その変化は、私も嬉しいですね。
寺町 ただ、これで終わりではないです。もっともっと進化させていかなければなりません。
中村 東京で大きな反響を得ましたから、海外でも反響を得たいですね。
寺町 これからも、いろいろよろしくお願いします。
中村 実は同年代なんですよね。
寺町 まさに子どもの頃から、自動車の時代に育ちました。私もクルマが大好きで、小学校の頃から「モーターファン」や「月刊自家用車」を読んでいました。クルマの雑誌は高いから小遣いでは買えなくて、母親にせびって買ってもらって。
中村 街に外車なんて走ってなかったですものね。雑誌の写真しかなかった。私も子どもの頃、かっこいいなぁ、と思って雑誌を見ていました。
寺町 だから、自分たちのクルマ造りは夢のようでした。プロジェクトチームにひとつお願いしたのは、「私が買いたくなるクルマを作ってくれ」でしたから(笑)。
中村 しかも、ちゃんと実走するクルマを実現された。2台のうちの1台は、本当に走るために造られたんですから。
寺町 いろんなテストコースをお借りして、実際に走らせて車としての機能をテストできたのは、楽しかった。プロモーションビデオも撮りましたね。
中村 本当に夢が果たされた、という感じでした。大変さもありましたが、楽しいプロジェクトでした。
寺町 デザインも素晴らしかった。私は最初CGで作られた何種類かのデザインを見て、これはいい、と思ったんですよ。最終的には、セダンでもSUVでもない形になり、絞りなども好みで入れてもらって。
中村 ヘッドランプもいい形になって、個性的な顔の表情になりました。
寺町 いやもうね、あのクルマは全部好きなんです(笑)。船で持っていって、海外の美しい場所で走らせてみたい。そんな夢も描いているんです。
■連載「相師相愛」とは……
師匠か、恩師か、目をかける若手か、はたまた一生のライバルか。相思相愛ならぬ、相“師”相愛ともいえるふたりの姿を紹介する。