メディアアーティスト、ピクシーダストテクノロジーズ代表・落合陽一氏と、エネチェンジ代表取締役CEO・城口洋平氏。上場起業家ふたりのエピソードを紹介。【連載 相師相愛】
規格外の同い年
城口 同じ年で面白い人がいるから、と運営者からイベントに呼ばれて、衝撃を受けたんです。自宅でゴキブリを1000匹飼っていて、電極を埋めこんで動かすという話をしていて。
落合 2011年10月だね。
城口 僕は在学中にも起業していましたが、母校の灘校でも東大でも会ったことのない、規格外のクオリティの人だな、と。
落合 感想をツイートしてくれて、リプライを送り合ったら共通の友人がたくさんいて、飲み会でも会うようになって。城口君の会社で働いてみたり。
城口 聞けば、落合君は当時まあまあ貧乏な生活をしてたから、ちょっと手伝って、と。
落合 面接官として参加したこともあったね。
城口 僕は政治家になりたくて法学部に入ったけど、起業家のほうが世の中を変えられると思って会社をつくった。でも、世界を目指す会社はつくれなかった。語学やサイエンスなど、自分にもスキルがなかった。落合君はそこに気づかせてくれた。
落合 それで会社を清算して丸刈りになるわけだよね。
城口 その前に議論したよね。それで決めたのが、ケンブリッジ大学の工学部でエネルギー工学を学び、博士号を取ること。試験の時は手伝ってもらって。
落合 入学前に、インドの旅にふたりで行ったね。本気で人生を悟りに行こう、と。ガンジス川に行き、アガスティアの葉も見に行って。
城口 超貧乏旅行だったから、寝台列車はひとつのベッドにふたりで頭を逆さにして寝て。でも、この時何よりびっくりしたのは、僕が人生をぼんやり考えている横で、落合君はずっと論文を書いてたこと。
落合 プログラムもね。
城口 僕よりハードワークをする人間は、見たことがないくらいに思ってたけど、落合君は違った。とんでもない努力に裏づけされた実力だったんだ、と。だから、ケンブリッジで理系の博士号が取れるくらいのハードワークをしないと、落合君の領域にはたどりつかないと思った。
落合 城口君がエネルギー系をやりたいという判断は極めて合理的だったし、違和感もなかった。それにしても僕たち、やってることも、考え方も、社会のなかの位置づけも、バッティングしないよね(笑)。
城口 でも10年経ってふたりとも上場会社の社長になった。理系の博士号持ってる同年代の社長はいない。これからも、お互い刺激的な関係でいたいね。
落合 話していて、いつも楽しい。しかも城口君は流儀に風格と品格がある。だから、交流関係が広い。
城口 落合君は圧倒的な努力家。僕が知る限り、一番の努力家。レベルが違う。才能もすごいけど、努力がすごい。
落合 毎日、全力で働いてます。それは間違いない(笑)。でも、城口君はアルマーニのジャケットが着られなくなるから、とジムで鍛えていたりして、バランスが取れているよね。
城口 今は、犬と過ごすのが人生のすべてのようなところがあるんだけど。僕はロンドンに住んでいて、今回は犬を置いての東京出張だから、寂しい。
落合 そういえば、共通の友人の女性が病気になったとき、人一倍、心配した城口君の動きは本当に素早かった。ご主人よりも早かった。
城口 母校の灘校はたくさん東大の医学部に入るので。あのときは高校、大学の母校のネットワークをフルに使った。おかげでピンポイントの専門を持っているドクターがいて、3日で解決した。早くなんとかしたくて、婚約者が病気になった、と偽ったのは申し訳なかったんだけど。
落合 それは悪いウソじゃないから、いいんじゃないかな。でも、僕がさあ考えようと思ったときには、もう解決してて(笑)。やっぱりナイスガイだと思った。
城口 落合君で覚えているのは、自分の会社がナスダックに上場したのに、ぜんぜん何とも思ってなかったこと。ちょうど大学の研究員2人とロンドンに出張に来ていて会ったんだけど、2人の研究員は上場の意味を理解してなかった(笑)。落合君も興味なさそうで。ちょっとくらい、喜びなさい(笑)。
落合 そういえば、お祝いパーティとか一度も出たことがない。
城口 でも、同い年で世界を変えられるエントリーチケットを手にしている立場のふたりだと思う。これからも、いい距離感で人生を楽しんでいこう。
■連載「相師相愛」とは……
師匠か、恩師か、目をかける若手か、はたまた一生のライバルか。相思相愛ならぬ、相“師”相愛ともいえるふたりの姿を紹介する。