2023年9月27日、小野伸二選手が自身の44歳の誕生日にインスタグラム上で現役引退を発表した。親交の深い前ゲーテ編集長・二本柳陵介が小野の引退を綴る。
プロではなくても、ボールを蹴っている姿を見せ続けたい
8月下旬、コンサドーレ札幌の練習場に向かった。観光名所の一つである「白い恋人パーク」に隣接している練習場で、この日は霧雨が降っていた。練習場に入り、サポーターが座れる席を確保し、選手の登場を待った。
ポーン、とボールがひとつグラウンドに飛び出してきた。そのボールを追って、小野伸二選手も現れた。あたかも子供がお気に入りの公園についたかのように満面の笑顔を浮かべ、リフティングを始めた。朝の空気を胸いっぱいに吸いこみながら、小野はボールと戯れ続けた。やがて、他の選手も登場し、チームでのジョギングが始まる。その後、3列に分かれて、ウォーミングアップのドリルに取り組む。小野はサッと一番前に並んだ。
「グラウンドでも練習でも、誰かの後ろっていうのがあんまり好きじゃないんですよね」
ベテランと言われる年齢になっても、「サッカーが楽しくてしょうがない!」というのが全身から発せられているのが小野伸二だ。
「引退」という言葉が私自身、あんまりしっくりこなかったのだけれど、切り出すしかなかった。「(マネジメントの方から)引退を決断したと伺いました」、そう切り出すしかなかった。
手術した左足首の痛みが消えない
「はい。ここ数年は身体が動くうちは辞めない、そう言いながら、痛みと付き合ってきました。いままで何度もケガをして、手術もしてきましたが、それを理由に辞めようと思ったことはなかったんです。ただ、今年頭に左足首の手術を受けたんですが、その痛みが消えないんです」
そこから小野は自問自答を繰り返した。
「3月くらいだったかな、辞めようって決断したのは。サッカー自体が楽しくできなくなるのが嫌でした。プロレベルでできないのは仕方ないけれど、将来的に子どもたちの前でボールを蹴っているところを見せ続けたいと思っているんです」
プロサッカー選手として、激しい練習を積み重ね、長いリーグ戦に備え、試合に出る。小野伸二はそれを諦めた。プロサッカー選手は引退した。でも、サッカー選手ではあり続ける。私はそう解釈した。
小野伸二と言えば、「天才」と表現されることが多い。繊細なボールタッチに、華麗なトラップ、受け手に優しいスルーパス。「楽しむ」ことをテーマに、彼はプロサッカー人生を全うしたが、度重なるケガにも苦しんだ選手生活でもあった。
「僕自身がどのように感じて、どんなキャリアを歩んできたか。今まであまり伝えてこなかった影の部分も含めて、お伝えしたいと思っています。この本を通じて、読んだ人に勇気や元気を与えられるなら、サッカーってやっぱり楽しいよね、と思ってもらえるならいいな、と」