日本人がサッカー界の最先端である欧州で得点王になる。
夢のようなことが昨シーズンに実現した。得点王の名は、古橋亨梧。
2022-23シーズンに古橋は、34ゴールを記録(シーズンは27得点)。所属するスコットランドのセルティックを国内3冠に導き、リーグMVPも受賞した活躍は圧巻の一言だった。
そんな古橋はどんなメンタリティを持ち、また仕事哲学を抱き成長したのか――。
また、一方でこの偉業は相応の評価を得られていない。それはセンセーショナルに扱われる他の攻撃的選手・三笘薫や久保建英の注目度と比べればわかりやすい。
さらには日本代表。カタールワールドカップのメンバーに選出されず、3月の第二期森保ジャパンスタート時も招集外となった。「なぜ呼ばれないのか」――そんな議論のなかでときにリーグのレベルが指摘されたこともある。
果たして古橋自身の思いは。
心の奥に秘めた思いとともに、成長に欠かせない「二面性」を全4回で配信する。第1回。
古橋亨梧は、「謙虚」な「頑固者」
話を聞いた60分の間、9回頭を下げた。
「よろしくお願いします」「ありがとうございます」「それは言えません、すみません」「光栄です」……
この言動は古橋の性格をよく表している。
謙虚で礼儀正しい。話を聞いたのは二度目だが、初めてのインタビューは12月30日のことだった。年末の大変な時期にも関わらず、古橋が言った。
「こんなタイミングにしてしまい、すみません」
お願いしたのはこちらの方であるにも関わらず――。
およそFWらしからぬ性格とも言えた。点取り屋は、破天荒、とか、我が強いとか、そんな「エゴイスト」くらいがちょうどいい、とよく言われる。
対象的な姿に「天狗になったり、調子に乗りすぎた」と思うことはあったか、と聞くと古橋らしい言葉が返ってきた。
「(中央)大学に入って1年目に、全日本大学選抜に選んでもらいました。それまでそういう(代表に選ばれるような)経験がなかったんですが、そのころですかね、監督やコーチたちに『ちょっと調子にのっているんじゃないか』と言われて。
自分では気づいていなかったんですけど、そうだったのかな、と。ありがたかったです、そうやって気づけないことを言ってもらえたので」
どういうことか。
「この頃、調子の波がすごかったんです。良かったり、悪かったり。だから周りの方に指摘してもらって、ああそうなのかもしれない、と。もっと泥臭く、チームのために走らないといけないと思わされました。本当に感謝しかないです」
やっぱり謙虚なのである。
古橋はなぜ、セルティックで愛されるのか
そんな古橋だからセルティックファンからも愛されている。
「セルティックの良さって、本当に人が温かいこと。異国からきた日本人である僕たちを、受け入れてくれる。街を歩いていても、声を掛けてくれるし、持っていた食べ物をくれたり、車の運転をしていても対向車線からクラクションであいさつをしてくれたり……」
地元のカフェでの出来事だ。
「レジにいた店員さんが『写真を撮ってくれ』ってやってきて。彼は仕事中のはずなのに、お客さんがお金払うのを待たせて(笑)」
日本だったら非難されてしまいそうな店員だが……。
「そうかもしれないですね(笑)。もちろん、『今!?』とは思いましたけど……、でも日本では見られない景色を見せてくれるんです。
親子みたいな関係で僕と接してくれて。知ってもらえること、声を掛けてもらえることが嬉しいし、もし声を掛けてきた人たちが笑顔や幸せになれるのなら、それはより嬉しいなと思える。
何よりスタジアムは熱狂的です。子どもからお年寄りまでものすごい熱量で応援してくれます。セルティックは本当にいい所だから、遠いかもしれないですけど、一度、日本の人にも来てほしいですね」
どんな話をしても最後は「他者」に気を配る。それが古橋亨梧である。
ストライカーらしからぬ人間性。いかにしてあれほどの結果を出せたのだろうか。古橋は謙虚さと同居したもう一面――類まれな「頑固さ」を持ち合わせる。
セルティック残留を決めた理由とは
2023年6月、古橋には移籍の噂があった。セルティックに移籍してから2シーズン、73試合で51得点。これだけ得点力のあるストライカーに注目が集まらないわけがなかった。
もっとも日本のサッカーファンがにぎわったのはプレミアリーグの強豪・トッテナムへの移籍報道だ。セルティックの監督であったポステコグルーの就任が発表され、古橋もそのまま移籍するのではないか――。
実現すれば、イングランド代表のハリー・ケインや韓国代表のソン・フンミンといった超一流たちとプレーをすることになる。ライバルにもなるが、これほど胸躍るニュースはなかった。
もちろんこの去就に関するニュースは、トッテナム以外にも具体的なクラブ名が挙げられており、少なくともセルティックを離れることはほとんどきまっている、と多くの人が考えていた。
しかし、古橋は残った。2023年7月4日にセルティックと新たな契約を結び、その期限は2027年まで――。選手のキャリアの軸をセルティックに据えた、ともいえる大きな決断をくだした。
決断までの経緯、どんな思いがあったのか。それを尋ねると、一気に答えた。
「クラブが僕を必要としてくれたことがありがたいな、と。僕自身、クラブをすごくリスペクトしていますし、クラブも僕に対して同じように接してくれています。慣れない土地でしたけど、頑張ってきたことを評価してもらえて嬉しかったですよね。
でもそれもひとりでできたことではないので、本当に周りで支えてくれた人たちに感謝しかない。今は、(この契約に)満足することなく、一つでも多く得点を奪って、タイトルを目指していくことが求められていると思っています。
そのためにはもっと自分に対して厳しくフォーカスをしていかないといけないな、と。クラブにも周りの人たちにも、僕はサッカーでしか恩返しできないので」
古橋らしい言葉だが、移籍の経緯には触れなかった。少し時間を空けて、もう一度、ストレートに尋ねた。
――移籍に関して具体的にクラブ名も挙がっているなど、多くの噂がありました。悩んだり、セルティック以外の選択肢は考えませんでしたか。
今度は、簡潔だった。
「あんまり詳しく話せないので。すいません」
決して嫌な気持ちにさせない、でも「話さない」という強い意思を持ち合わせた言葉だった。古橋のもう一つの顔である。(第2回に続く)