サッカー選手兼監督兼投資家兼起業家・本田圭佑は、言葉を使うことで、自らをインスパイアし、世界にサプライズを起こす。その脳にはどんな 言葉=「思考」が隠されているか紐解いた連載を一挙に振り返る。【2020〜2021年の掲載記事を再編】
「僕ほど組織、チームの力を信じている人間はいない」
またしても”無職”になった。フィテッセを1ヵ月半で退団したのは自分自身の判断だし、次に向かうために必要なプロセスだった。常識はずれであることはわかっている。だが、世間の常識がどうであれ、自分自身を高めるために必要なことであれば、僕はためらうことはない。
こういうことを繰り返しているから、僕のことを個人主義者だと思っている人も多いだろう。だが、決してそうではない。もちろん僕個人としては、死ぬまで自分を高め続けたいと思っている。でも一方で僕ほど組織、チームの力を信じている人間はいない。例えばテニスや陸上のような個人競技をしたいかと言われたら、そうは思わない。個人でできることは限られるけれど、チームとして一体になった時、そこには個の集合体以上の大きな力が生まれるから。メッシでもC・ロナウドでも2対1のサッカーで勝てるはずがない。
それでも僕が個人主義者に見えるのは、人前に立って誰よりも先に動き、声をあげるリーダータイプだからだろう。僕のリーダー歴、マネジメント歴は長い。思えば幼稚園のころから僕はリーダーだった。遊び場では率先してみんなを仕切り、遊びのルールを決める。もちろん子供だから、そのマネジメントは利己的だった。強引だったし、時にはケンカにもなった。でもそんな数々の失敗から人間関係の機微を学んでいったようにも思う。
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「一番厳しい環境を選ぶことが自分を成長させてくれる」
これほどの歓迎を受けるというのは予想外だった。リオデジャネイロの空港に到着した僕を待っていたのは、2000人以上のボタフォゴサポーター。僕が彼らの前に出ると大歓声が上がり、なかには日の丸の旗を振っている人もいた。さらに本拠地のニウトン・サントス・スタジアムには1万3000人も集まり、またしても熱烈な声援を送ってくれた。人生であんな光景は初めてかもしれない。熱狂的な彼らの歓迎に、自然と力が湧いてくるような感覚になった。
フィテッセを退団してから約1ヵ月半、ここまでの道のりは遠かった。「本田は終わった」「選手としては賞味期限切れ」、いろいろなことを言う人がいたが、それも注目してくれていることの証し。そういう声があればあるほど、それを見返してやろうと力が湧いてきた。
焦りはなかったし、迷いもなかった。だが、目標としているオリンピックは半年後に迫っている。今の僕は、五輪代表に必要なプレイヤーであることを実戦で示す必要があった。いくつかのオファーがあったなかで決断の基準になったのは、どの選択が自分をさらに成長させてくれるのかということだった。
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「今なにをすべきか、立ち止まったことで見えてくるものがある」
2月に日本を発ち、ブラジルへとやってきた。その頃すでに中国での新型コロナウイルスが話題にはなっていたが、わずか1ヵ月の間に日本でこれほどまでに感染が広がるとは思ってもみなかった。
多くの小中高校が休校となり、イベントが自粛され、スポーツ界でも大会や試合の中止、延期、無観客開催が相次いでいることは、リアルタイムにブラジルにも伝わってくる。僕が経営に携わっているサッカースクールも休校を決断した。もちろん経済的なダメージは大きい。それでも生徒たちの健康とビジネスを秤にかけるわけにはいかない。
選抜高校野球の球児をはじめ、目標に向かって厳しい練習を重ねてきたアスリートたちはつらい思いをしているだろう。その気持ちはわかる。それでも今は前を向いてほしい。健康にまさるスポーツはない。自分が健康であることに感謝し、開き直って新しい目標に向かっていくしかない。
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