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2023.08.18

残りの人生「あと10年」と告げられたことはラッキーだった【岸博幸】

血液のがんと言われる多発性骨髄腫に罹患しながらも、前向きに、明るく闘病生活を送っている慶應義塾大学大学院教授の岸博幸氏。血液内科で最初に治療方針を説明された際、主治医から「岸さんの年齢なら、この治療を行えば、あと10年か15年は大丈夫」と告げられたという。この「10年」という数字が、岸氏にもたらした変化について話を聞いた。連載5回目。

治療のため首筋にカテーテルを指したままの岸博幸氏にオンライン取材を行った。

残りの人生「あと10年」と言われて、改めて考えたこと

治療をすることで、あと10年か15年は大丈夫。余命というわけではないものの、人生の目安を示されることにショックを受けたのではないか。そうたずねたところ、岸氏から返ってきたのは、「むしろラッキーでした」という予想外の答えだった。

「本来僕は変化を好む人間。役所(経済産業省)には約20年務めたけれど、途中でアメリカに留学したり、出向したりして、だいたい5年~10年おきに違うことをやってきたんですよ。でも、ここ15年はほぼ同じ仕事をしています。そんなつもりはなかったけれど、いつのまにか守りに入っていたんでしょうね。言い方は悪いけれど、“今の延長”を過ごしていたんですよ。

でも、残りの人生あと10年くらいだよと言われ、それならどう過ごしたいか、どう生きるのが自分らしいのか、改めて考えることができました。で、出した結論が、自分が好きなことを思う存分して、人生をエンジョイしようということ。病気になったことで、そう考えられたんだからラッキーでしょう?」

「残りの人生をどうエンジョイするか」に舵を切った

岸氏は現在61歳、会社勤めの身であれば、そろそろリタイヤの年齢だ。今後の人生に思いを馳せるタイミングではあるが、そこで「エンジョイする」方向に舵を切れる人は少ないのではないだろうか。

「定年後まだまだ生活していかなきゃと思ったら、年金は大丈夫かとか、どうやって稼いでいくかって、心配になるのはわかります。日本人はまじめだから、安定した暮らしを求めがちですしね。でも、残りの人生いかにハッピーに過ごすかという観点を持つことも大事だと思うんですよ。趣味でも、仕事でも、なんでもいいから、やり残したことを全部やってやろうくらいでいいんじゃないかな。

別に、僕が経済的に恵まれていて、今後稼ぐ必要がないからそう言っているわけじゃありません。経済的に恵まれていなくたって、養うべき家族がいたって、自分の人生をエンジョイすることを大事にしていいと思う。僕も中学生と小学生の子供がいますから、まだ当分は養っていかなければいけない。

でも、僕は昭和の頑固オヤジですからね。経済的に恵まれ過ぎていると子供はダメになるという考えなので、今後のことは心配していません。多少苦労した方がしっかりした人間になれて、自分で自分の人生を切り開けるんじゃないかと思っていますから」

そう言った後、岸氏は自身が顧問を務める総合格闘技団体、RIZINの選手たちの話をしてくれた。

「選手の中には、まだギャラが安く、アルバイトをしながら競技を続けている人もたくさんいます。でも、彼らはすごくいい顔しているんですよ。それを見ているから、お金がなくてもやりたいことをやるのが一番だと思うのかもしれません」

病気になったことで、必然的に仕事をセーブするようになった。今までは、請われるままに仕事を受け、北海道や沖縄であっても日帰りで行き、翌日はまた別の仕事をするといった生活を送っていたが、それをやめたという。

「60歳過ぎて体力的にも無理だし、アウトプットばかりでインプットする暇がない。病気になったのを機に、そんな無茶な生活を見直すことができました。必然的に家族との時間も増えて、いっしょに食事をしたり、子供の勉強を見たりすることもできるようになりました。まぁ、それを子供が喜んでいるかどうかはわかりませんけどね(笑)」

自分がやりたいことをやる。そのなかには仕事における新たなチャレンジも含まれている。次回(8月19日10時公開予定)はそれについてじっくり語ってもらう。

TEXT=村上早苗

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