7月下旬、多発性骨髄腫であることを公表した慶応義塾大学大学院教授の岸博幸氏。血液のがんという重大な疾病だが、病名を知った時も治療を始めた今も、それほど不安や恐れがないという。自身が分析するその理由とは?
不安にならなかったのは、すぐに病名が発覚したから
岸氏が患っているのは、男性の場合の罹患率は10万人に5.8人という難病。にも関わらず、大きな恐れや不安を抱いていない理由について、「検査してすぐに病名がわかったから」だと、岸氏。
「がんの一種ですからね、ショックを受けてもおかしくないなと自分でも思うんですけど、けっこう冷静でいられたんですよ。それはなぜか、自分なりに考えると、まずひとつは、病名が早期に確定したからだろうと。1月10日、11日と人間ドックを受診し、1月20日には慶應義塾大学病院の血液内科で診察してもらい、その場で病名を告げられました。それは、とてもラッキーだったと思います。この病気は、病名が確定するまで結構時間がかかることが多いらしいんですよ。体調不良で受診しても、もっと軽い病気だと判断されたり、原因がわからず、いろんな病院を転々としたり」
ネットでなんでも検索できる時代だ。病気が判明するまでの期間が長ければ、自分の体調をキーワードにいろいろリサーチしてしまいがちだ。それが、不安を募らせる原因のひとつになっていると、岸氏は指摘する。「ネットで引っかかるのは、たいていネガティブな情報。不安に陥ったり、怖くなったりして当然だろう」と。
「僕の場合、検査から病名発覚まで10日ですからね。自分で調べるまでもなく、信頼できる主治医から病気について詳しく教えてもらえましたし、治療やその後のことについても明快に説明してもらえました。だから、必要以上に不安にならずに済んだのだと思います。まぁ、僕は無意味にネット検索するのは嫌いだから、時間があったとしてもリサーチしなかったかもしれないけど」
深刻にとらえられるより明るく笑い飛ばしてほしい
岸氏が取材中何度も口にしたのは「ラッキーだった」という言葉。体調を崩した時に、知人から“たまたま”評判の良い人間ドックを教えてもらい、2日連続で休みがとれたタイミングで、人気が高いその人間ドックを“たまたま”予約でき、初日に血液疾患だと指摘され、すぐさま専門医に診察予約の電話をしたところ、“たまたま”10日後に受けられることになり……。検査からわずか10日で病名が発覚したのは、「ラッキーが重なったから」だと。
「主治医からは、この治療を行えば、あと10年や15年は大丈夫だとも言われました。僕はもう60歳ですから、それだけ生きられればじゅうぶん。それも、あまり不安にならずに済んだ理由だと思います」
とはいえ、岸氏には現在中学1年生の息子と小学5年生の娘がいる。家族の気持ちを思うと、切り出すにも勇気がいったのでは?
「いえいえ、改まって『みんなに話しがある』なんてしませんよ(笑)。専門医で診察を受けた日の夜、『こういう病気だったよ』と普通に知らせましたし、家族もいつもとそんなに変わらない様子でした。妻は、初めはちょっとおろおろしていましたけど、基本的にはポジティブというか能天気だから、あまり落ち込んだ感じはないですね。それも、僕としてはありがたかった。
子供たちですか? 僕は昭和のカミナリオヤジで、子供たちに恐れられていますからね。病気に負けないイメージがあるのか、大丈夫だろうと思っているみたい。娘なんて、僕が病気を公表したTwitter(現X)がトレンドランキングの上位に入ったといって喜んでいたくらいですよ(笑)」
病気を公表した後、岸氏のもとには仕事仲間や友人・知人から多くの励ましのメッセージが寄せられた。どれも元気づけられたというが、なかでも岸氏にとって印象に残ったのは、弟分アレクサンダーから届いた「岸ちゃん、退院したらエッチな店行くぞ!」というもの。ユーモアの中に「絶対に元気になるよ」というエールが込められ、送り主のやさしさを感じたという。
「まじめな人から見ると、不謹慎なメッセージかもしれないけれど、このくらい明るくて、笑える言葉の方が、僕は救われました。病気を深刻にとらえられるより、明るく笑い飛ばしてほしい。僕みたいにそう考える患者は、けっこう多いんじゃないかな」
岸氏が前向きに病と向き合える理由は、この他にもあるという。
次回(8月17日10時公開予定)は、それについて話をしてもらおう。