村に着くなり、赤ザオ族の女性たちにわっと囲まれた。ここは、まだ日本人にあまり知られていない、ベトナム北部の山岳リゾート「サパ」。少数民族の村を訪れ、日曜日限定の朝市で民族衣装の人々に会う。日本ではなかなかできない体験をしてきた。

民族衣装の人々が暮らす、黒モン族の「カットカット村」
ベトナムは、政府が認定する54の民族が暮らす多民族国家だ。人口の約86%をキン族(ベト族)が占めるが、北部の山岳地帯には、モン族やザオ族などの少数民族が独自の文化を守って暮らしている。その入口が、標高約1,600mの山岳リゾート「サパ」である。
今回の旅で最初に訪ねたのは、黒モン族の「カットカット村」。少数民族の集落を整備した観光地で、藍染めや刺繍、機織り、銀細工といった伝統の手仕事を見学できる。今回は見学のみだったが、棚田や渓谷の滝を背に、民族衣装の人々が暮らす風景は、絵になる。
カットカット村やサパの中心部は、観光客が歩きやすいように整備されていて、どこかテーマパークのような雰囲気も漂う。気軽にアクセスでき、ホテルやカフェも揃っているので、民族文化への入口としては、ちょうどよさそうだ。
赤ザオ族の「タフィン村」。薬草風呂と、売り込みの洗礼
次に訪ねたのが、赤ザオ族の暮らすタフィン村。「タフィン」は、赤ザオ族の言葉で「広く平らな場所」を意味するという。その名のとおり、四方を高い山に囲まれた、中央が開けた盆地に村がある。カットカット村に比べると、ぐっと現地の生活感を感じる場所だ。
村に着いた瞬間、女性たちが次々に集まってきた。しかも一人に一人、マンツーマンのガイド付きだ。私の担当は50歳の女性。肌がつやつやでとてもその年齢には見えないが、このなかでは若いほうらしい。
村を歩くあいだ、彼女はずっとそばにいてくれた。暑さを気にかけて日傘をさしてくれ、景色を案内し、笑顔で話しかけてくれる。道すがら、粘土の壁の伝統的な家が並ぶ、昔ながらの暮らしの一端も垣間見られた。そして、目的地に着くと、風向きが変わった。
「ずっと案内したよね」「写真も撮ったよね」「友達でしょう?」
言葉と同時に、袋がぱっと広げられる。ポーチ、ブレスレット、色とりどりの刺繍。次々と目の前に出され、あっという間に販売会が始まった。強引なのに、どこか憎めない。

ところが、こちらは現金を使い切っていた。サパの中心部でもカードが使えない場面が多く、手元にはほとんど残っていないのだ。値引き交渉してみると、「それじゃ安すぎる」とにべもない。買わないとわかった瞬間、彼女の態度はくるりと変わった。あれだけ親しげだった笑顔は消え、さっさと次の客のもとへ行ってしまった。
見渡すと、ほかの女性たちも、それぞれ自分の担当客に売り込み中だ。結局、彼女は誰にも買ってもらえなかったらしい。帰りの道中、私を担当してくれた女性に「あなたが一番貧乏」と言われてしまった。思わず笑ってしまったが、現金があれば買っていたのに。丁寧な案内のお礼に購入したかった気持ちもあり、現金がなくて少し申し訳なかった。
ちなみに、もう一人いた若い女性も誰にも買ってもらえなかったようだった。年長者のほうが経験値が高く、営業上手なのかもしれない。刺繍の腕も、やはり年長者のほうが上のようだ。誰に声をかけるかという見極めも、営業のうち。日本のビジネス現場にも通じるものを感じた。

その後、村では赤ザオ族に伝わる薬草風呂も体験した。20〜30種類の薬草を入れた湯に浸かる伝統の民間療法で、トレッキング後の疲労回復や、寒い時期の温活に欠かせないという。

彼女たちは、ザオ族の言葉に加えて英語も話す。読み書きはできず、耳だけで覚えたそうだ。米は年に一度、あとはトウモロコシという農業だけでは収入が限られるなか、観光客を迎え入れ、手仕事を収入につなげている。商魂たくましい一面に圧倒されつつも、外の人を受け入れて生きる強さを感じ、素直に脱帽した。
日曜の朝だけ開く「バクハー市場」。少数民族が集う大市場
滞在最終日の朝は、サパから約100km、車で約2時間半のバクハーへ向かった。毎週日曜の午前中だけ開かれる、ベトナム最大級の少数民族の朝市だ。
花モン族、黒ザオ族、タイ族など、色鮮やかな民族衣装を纏った人々が続々と集まってくる。
ベトナム北部の山岳地帯には、市場が男女の出会いの場となる「ラブマーケット」と呼ばれる伝統が今も残っており、週末の市場はまさに特別な場所だ。普段は暑さからTシャツ姿の人も多いが、この日ばかりは別。男女ともに、とっておきの民族衣装、いわば“勝負服”に身を包んでやってくる。
ちなみにサパの中心街でも、毎週土曜の夜になると若者が出会いを求めて集まるという。
少数民族の服装は民族ごとに異なるため、ひと目で見分けがつく。かつては同じ民族同士で結婚するのが一般的だったが、いまは都会へ出稼ぎに出て、異なる民族同士で結ばれる人も増えているそうだ。
また、この圧倒的な自然を誇るサパは、トレイルランニングの聖地としても知られている。毎年9月には、世界的なトレイルシリーズ「World Trail Majors」に加盟する「ベトナムマウンテンマラソン」が開催。
棚田や竹林、霧に包まれた尾根、そして少数民族の村々を縫うように、10kmから100マイル(約161km)までのコースを世界の山好きたちが駆け抜ける。日本ではまだ知る人ぞ知る存在だが、国際的なスポーツツーリズムの拠点にもなっているのだ。
整備された観光地として賑わうカットカット村、素朴な生活感が残るタフィン村、そして晴れ着の人々が集う賑やかなバクハー市場――訪れる場所ごとに、少数民族の多彩な表情に出会えるのがサパの魅力だ。さらにハザン省まで足を延ばせば、観光向けに整えられていない、より日常に近い少数民族の暮らしに出会える。
今、この山あいの街はアジアで急速に成長する観光地として注目を集めており、外資系高級ホテルの進出も予定されているという。しかし、ただのラグジュアリーリゾートでは終わらない。村の人々の暮らしに触れ、市場で鮮やかな伝統に息をのむ。そんなディープな現地体験こそが、この地でしか味わえない一番の贅沢なのかもしれない。
取材協力
ベトナム航空 https://www.vietnamairlines.com/jp/ja

















