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2024.05.22

「自分を殺してプレーしていたわけじゃない」長谷部誠がドイツで評価された理由

2024年3月、現役引退を決断した長谷部誠。2011年に発刊され、ベストセラーになった自著『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』の一部を抜粋・再編集してお届けする。第5回。#1#2#3#4#6 ※順次公開予定

佇む長谷部誠/長谷部誠『心を整える。』/抜き出し⑤

組織の穴を埋める

サッカー選手として、自分には一目で分かるような突出した武器がない、ということは自分でもよく分かっている。ピッチ中央でのドリブルやペナルティエリア付近への縦パス、サイドからのクロスなど武器だと思っているプレーはある。けれど、オランダ代表のアリエン・ロッベンのように相手を置き去りにできる圧倒的なスピードはないし、俊さん(中村俊輔)のように観客をあっと驚かせるような華麗なパスをコンスタントに出せるわけでもない。守備を含めたMFとしての総合力には自信があるけれど、武器がいまいち分かりづらい、ということは自覚している。

だからこそ、レベルの高いチームのなかで生き残り、先発メンバーに名を連ねるためには、何か人と違うストロングポイントを示さなければならない。

僕にとってのそれは、「組織に足りないものを補う」ことだ。

ヴォルフスブルクには、エゴが強くて、自分が何とかして点を取ってやろうという意識の選手がとても多い。それはそうだろう。点を取れば手っ取り早く評価につながるだろうし、サポーターの心もつかめる。ただ、それは攻撃という意味では決して悪いことではないのだが、守備の意識が薄いと組織は当然ながら崩れてしまう。

移籍当初、僕はそれに気がついた。練習中でも、試合でも、そういうシーンが目についたし、バランスの悪さから失点することも多かった。攻撃力の影に潜むこの弱点をどうにかしないと上位にはいけないと思ったのだ。当然ながら試合にも出たいし、何より勝ちたい。だから僕は自分がチームのバランスを最優先で考え、エゴが強い選手を支えようと考えた。そうすれば目立たないかもしれないけれど、必要とされる選手になるはずだと。マガト監督が日本人を獲得した狙いも、きっとそこにあった。

中盤から攻め上がる選手がいたら、自分は中盤に留まって相手のカウンターに備える。みんなが疲れてきて動きが落ちてきたなと思ったら、人の分までカバーして走る。海外リーグで生き残っていくために、自分の良さをピッチで表現したいという欲やエゴより、組織の成功を優先してきた。

その判断は正解だったと思う。そういう姿勢が認められたからこそ、2009年5月23日、ヴォルフスブルクがリーグ初優勝を決めた重要な一戦で、ピッチに立てていたのだと思う。

僕の契約更新に関する、こんなエピソードがある。

2010年1月、ディーター・ヘーネスさんが新たにスポーツディレクターに就任した。バイエルン・ミュンヘンのウリ・ヘーネス会長の弟で、ヘルタ・ベルリンでマネージャーを務めた経験があり、ドイツサッカー界では名が知れた人物だ。

僕とクラブの契約は2010年6月末で切れる予定だったので、僕の代理人がヘーネスさんと話し合うことになった。しかし、当時はヘーネスさんがヴォルフスブルクに来てから日が浅く、僕のプレーに関しては、ヘルタ時代に何となく見たことがあるという程度だったらしい。

僕の代理人はロベルト佃(つくだ)さんだが、業務委託でドイツでの交渉はトーマス・クロートさんに任せている(現在はトーマスに全任)。そのトーマスさんがヴォルフスブルクの事務所を訪れ、ヘーネスさんと会談した。

ヘーネスさんは、トーマスさんにこう聞いたそうだ。

「ヴォルフスブルクの試合は何回か観たが、実はハセベのプレーがあまり印象に残っていない。彼の良さはどこにあるんだい?」

トーマスさんは次のように答えたという。

「確かに彼のプレーは目立たないかもしれない。しかし、90分間、マコトのポジショニングを見続けてくれ。そうすれば、どれだけ組織に貢献しているか分かるはずだ」

後日、ヘーネスさんはトーマスにこう連絡してきたという。

「キミの言っていたことが分かったよ。彼は組織に生まれた穴を常に埋められる選手だ。とても思慮深くプレーしているし、リーグ全体を見渡しても彼のような選手は貴重だ」

ヴォルフスブルクは僕に契約延長のオファーを提示してくれた。実は他のクラブからもオファーがあったのだけれど、僕は結局ヴォルフスブルクに残った。このチームで一年を通じてコンスタントに出場して、もう一度優勝したいという思いもあったし、何よりチームが必要としてくれることが嬉うれしかった。

もしかしたら浦和レッズ時代をよく知るサポーターは、

「長谷部はもっと攻撃的なプレーをすべきだ」

と感じているかもしれない。自分らしさを消して、我慢してプレーしているのではないか、と。確かに組織のためにプレーしようという意識と、自分の良さを出したいという欲がぶつかって、葛藤が生まれることもある。けれど、「自分を殺すこと」と「自分を変えること」は違う。

僕はヴォルフスブルクで、自分を殺してプレーしているわけじゃない。

すぐに評価を上げようと思ったら、目立つプレーをした方が手っ取り早い。だけれど、組織に成功がもたらされたときには、必ずチームプレーをしている選手の評価も上がるはずだ。

焦らず我慢して継続すれば、いつか「組織の成功」と「自分の成功」が一致する。それを目指しているのであれば、組織のために自分のプレーを変えることは自分を殺すことではなくなる。

僕は就職したことがないので、自分の立場をビジネスマンの人たちに簡単には置き換えられないけれど、会社でも組織のベクトルと個人のベクトルを一致させられれば、どんな仕事でも自分を活かすことができるのではないか。チームの穴や業界の穴を分析し、誰よりも早くその穴を埋めていく。そうすれば、誰もが気がついてくれるわけじゃないけれど、必ず見てくれる人はいる。

これからも僕は、組織のために足りないものを補える選手であり、組織において不可欠な人間でいたい。そうすれば、たとえ目立たなくてもピッチに立つことができるだろう。

TEXT=ゲーテ編集部

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