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2024.05.21

長谷部誠は、行き詰まった時にどう心のメンテナンスをしていたか

2024年3月、現役引退を決断した長谷部誠。2011年に発刊され、ベストセラーになった自著『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』の一部を抜粋・再編集してお届けする。第4回。#1#2#3#5#6 ※順次公開予定

笑顔の長谷部誠/長谷部誠『心を整える』/抜き出し④

孤独に浸つかる—ひとり温泉のススメ

試合に負けて落ち込んでいるとき。プレーが行き詰まっているとき。将来のことや恋愛のことで悩んでいるとき。そんなときにどう心をメンテナンスするか。

みんなで飲みに行ったり、映画を観に行ったり、いろいろな方法があると思うけれど、僕が浦和レッズ時代によくやっていたのが、ひとりで温泉に行くことだった。

「ひとり温泉」と言うと、話し相手もいないし、何をするのもひとりだし、何だか暗いイメージを持たれるかもしれない。恋人がいれば怪しいと勘ぐられるのは確実だ。確かに露天風呂に行く途中に仲が良さそうなカップルとすれ違うと、僕だって寂しいと感じることはある。

けれど、孤独な時間だからこそ、できることがある。

自分にとって本当に大切なものは何なのか。そういう自分と向き合う時間を作るのに、「ひとり温泉」はうってつけなのだ。

イギリスの文豪トーマス・カーライルは、こんな言葉を残している。

「ハチは暗闇でなければ蜜をつくらぬ。脳は沈黙でなければ、思想を生ぜぬ」

まあ、僕の考えはこんなに哲学的ではないけれど、沈黙、すなわちひとりでいる時間はとても大切な時間だ。

ただし、「ひとり温泉」を実際にやろうと思うと、これがなかなか難しい。

ガイドブックで良さそうな温泉宿を見つけて、予約のために電話をかける。

「人数はひとりです」と伝えた途端に相手の反応が悪くなって、予約を断られてしまうのだ。きっと世の中には温泉にひとりで来る人なんてほとんどおらず、宿からしたら不気味なんだと思う。

ようやく「ひとりでもOKなところを見つけた!」と思って宿に行ったら、ドンデン返しが待っていたことがあった。フロントに浦和レッズのユニフォームが置かれていて、サインを求められたのである。どうやら受付の方がレッズを応援してくれていて、予約時の名前と僕の声で分かったらしい。さすがにあちらもプロなので、それ以上何かを求められることはなかったけれど。

とはいえ、断られ続けて失敗を繰り返すと、だんだんどんな宿なら泊まれるかが分かってくる。高級老舗旅館と言われるところは、ひとりでもOKのところが多い。相場は一泊数万円。値が張ってしまうけれど、こちらがわがままを言っているのだから仕方がない。

当時、レッズでは土曜日に試合があると日曜の午前中にクールダウンを行ない、月曜が休みになることが多かった。つまり、日曜の午後から約1日半オフになるということだ。その時間を利用して、僕はよく「ひとり温泉」を決行した。

旅はドライブから始まる。大好きなミスターチルドレンの音楽を流して車を走らせていく。宿に着き、部屋に案内してもらったら、女将さんとの会話を楽しむ。

「この近くで観光するなら、どこがいいですか?」「明日ランチに行けるようなオススメのレストランはありますか?」など、現地情報を仕入れるのだ。旅は計画せずに行くのが僕のスタイル。旅先で仕入れた情報で何をするかを決める。ちなみに女将さんはある程度年配の方が知識もあり、話しやすい。

会話を楽しんだら、いよいよ温泉だ。

露天風呂に浸かり、身体の疲れを癒し、風景を楽しむ。

僕が特に好きなのは海が見える露天風呂だ。

水平線を見ながら湯船に浸かっていると、自分の悩んでいることがすごくちっぽけに感じられてきて、また一から頑張ろうと思える。そのあとは宿のまわりをぶらぶらと散歩したり、部屋でゆっくり読書したり。日常から離れた世界で贅沢に時間を使っていく。

これまで僕は、伊豆、熱海、箱根、軽井沢、群馬、栃木、福島などの温泉にひとりで行ってきた。基本的には常に新しい温泉を探すようにしているが、本当に気に入った温泉はリピートする。

たとえば、静岡県伊豆の修善寺温泉『あさば』。

1675年創業の老舗旅館で、寺のような重厚な門をくぐると池の対岸にある能舞台が目に飛び込んでくる。露天風呂は竹林や山の緑に囲まれていて、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような気分になる。再び門をくぐったときには、すっかり気分がリフレッシュされている。

静岡県熱海の『蓬萊』(※現在は閉館)も思い出の宿のひとつだ。

僕が行くとサッカー選手だということに気がついてくれて、ゴンさん(中山雅史)やカズさん(三浦知良)も来たことがあると教えてくれた。そして、2人が使った部屋を用意してくれた。日本サッカーの歴史を切り開いた大先輩が泊まったと想像すると、自分も頑張らなきゃと勇気がわいてくる。

箱根も外せない。2007年春、僕は温泉帰りに箱根神社に寄り、「ACL優勝」と絵馬に書いた。そうすると半年後、見事にそれが現実になった。僕は再び箱根神社を訪れ、「ありがとうございました」と優勝を報告した。

「ひとり温泉」は一生続けたい趣味のひとつなので、たとえ結婚したとしても、定期的に行くつもりだ。もちろん家族で行くときもあるだろうけど、「ひとり温泉」を許してくれる女性じゃないと僕は結婚したくない。「本当にひとりなの?」と問いただすような奥さんでは厳しいかも……。

孤独な時間は僕の人生にとってもはや欠かせないもの。ドイツでプレーしていると帰国する日数が限られていて「ひとり温泉」にはなかなか行けないけれど、時間がとれれば、また行こうと思う。

温泉で僕を見かけても、「寂しい人だなぁ」と思わないでほしい。身体と心をメンテナンス中なのだから。

TEXT=ゲーテ編集部

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