日本の歴史において、誰もが知る織田信長。歴史に名を残す戦国武将のなかでも、信長は極めて特異な人物だった。交渉力、絶体絶命のピンチを乗り越えるアイデア力、咄嗟の判断力……。信長の奇想天外で機転の効いた行動は、日々無理難題を強いられるビジネスパーソンのヒントになるだろう。今回は、信長が家康に語った夢、そして有言実行へと歩む若き日の信長のエピソードを紹介。作家・石川拓治さんによるゲーテの人気コラム「信長見聞録」を朗読という形で再発信する。
家康や秀吉に影響を与えた、信長の夢
戦国大名たちは、天下統一というゴールを目指して競っていた。後世の人間の多くは、なんとなくそう思っている。けれどそれは、歴史を後から振り返って見ることによる錯覚だ。
信長、秀吉、家康という三人の武将の手で戦国時代に終止符が打たれたという結果を知っているから、そう見える。一寸先は闇なのだ。10年後の日本がどうなっているか誰にもわからないように、当時の大名たちに天下統一という鮮やかな結末は見えていなかった。織田信長という例外を除いては。
誰も天下を夢想しなかったとはいわない。けれど、ただ夢見るだけではなく、明確な目標として意識し、戦略を立て、実現すべく具体的な行動を起こしたのは信長が最初だった。
秀吉や家康は、その後継者に過ぎない。征西軍を起こした信玄が天下を目指したのは明白だけれど、それも信長の模倣だ。天下統一こそ、この中世の破壊者の最大の「発明」だった。とはいえ、最初からそんなことを考えていたはずはない。
なにしろ父・信秀の家督を継いだ当初は、かろうじて尾張の三分の一を支配する小勢力に過ぎなかった。東に今川、北に斎藤という大敵を抱え、身内同士の争いに四苦八苦していた。実際家の彼が、そんな途方もない夢を抱いたとは考え難い。
ならば何時、彼の心に天下取りの夢が芽生えたのか。美濃攻略に成功して稲葉山城の主となり、天下布武という印章を彼が用い始めた時点より前であることは確かだ。そんな大望を世に誇示するからには、果たして実現可能な夢か否かを熟慮する期間が必要だったはずだ。
音声で聞く! 5分で学べる歴史朗読
■第一回・偉大な父・織田信秀とは
■第二回・斎藤道三を唸らせた、信長の一言とは
■第三回・江戸の裁判でみせた、信長の男気とは
■第四回・若き織田信長が、家臣たちの信頼を得られなかった理由とは
■第五回・武田信玄が語る信長の機転の効いた行動とは
■第六回・織田信長が桶狭間の戦いで起こした大事件とは
■第七回・桶狭間の戦いは奇襲戦ではなかった!? 誰よりも慎重な武将・織田信長
Takuji Ishikawa
文筆家。1961年茨城県生まれ。著書に『奇跡のリンゴ』(幻冬舎文庫)、『あいあい傘』(SDP)など著書多数。