最先端医療を8年以上取材し続けている堀江貴文氏が、現代人が知っておくべき健康投資についてまとめた書籍『金を使うならカラダに使え。 ⽼化のリスクを圧倒的に下げる知識・習慣・考え⽅』が発売された。今回は、この書籍の元となったゲーテの人気連載を振り返り、大腸がんなどの“国民的病”に関して、頭に入れておくべきことを紹介。※過去掲載記事を再編
助かる大腸がんで年間5万人が死んでいる
堀江貴文(以下堀江) 5年くらい前のことなんですが、同い年の友人が大腸がんの検査を受けたんです。自覚症状はないけど、ちょうど検診のキャンペーンをやっていたから「いいきっかけ」ぐらいな感じで。そしたら便潜血検査で陽性が出て精密検査になり、内視鏡検査でステージ3の可能性もあるという大腸がんが見つかったんです。それで腹腔鏡手術を受けたら、深くは広がっていないことがわかり、結局「ステージ1」だったそうで、今でも元気にしています。
そんな経験をしているので内視鏡検査はみんながすべきと思っているんですが、全然普及していないので、松田先生にいろいろお聞きしたいと思っています。
松田尚久(以下松田) 大腸がんを取り巻く現状とジレンマをお伝えしたいです。まずは大腸がんの基本的な情報をお話しします。日本の部位別のがん死亡数ですが、大腸がんは男性では肺がんに続いて2位。女性の場合は1位となっています(2021年:国立がん研究センターがん情報サービス)。2021年の統計では、年間5万2000人を超える方が命を落としている疾患です。
進行の度合いによってステージ(病期)0から4まであり、0はがんが大腸の粘膜内に留まるもの、1は固有筋層に留まるもの、2は筋層を超えて浸潤しているもの。3はリンパ節への転移があるもの。リンパ節とは、全身の組織から集まるリンパ液が流れるリンパ管の途中にある免疫器官のことで、免疫機能を発動する関所ともいわれます。4は他の臓器への転移があるもので、手術ができなくなる場合もあります。
そして、5年間の生存率はステージ0が94%、1が約92%、2が約85%。3は77〜60%、4は18%くらいです。
堀江 大腸がんの検診受診率はどのくらいですか。
松田 国の目標は50%ですが、国民健康保険被保険者の受診率は17%と低いです(2018年:地域保健・健康増進事業報告)。便潜血検査は、大腸からの出血が便に混じっているかどうかを調べます。原因ががんとは限りませんが、詳しく調べる必要があるわけです。陽性者は受診者の約6%で、要精密検査の案内が届きます。ここで腸内を詳しく観察できる大腸内視鏡検査を行うことが多いです。しかし陽性なのに精密検査に行かず、放置している人が3割程度います。
堀江 それはなぜ? はっきりしないまま放置って、いいことないじゃないですか。
松田 精密検査に行かない理由の統計もあります。男女とも1位は「自覚症状がないから」。その段階なら早期がんの可能性が高く、治療でほぼ治るとされているのですが。2位は「いつでも医療機関で治療を受けられるから」、他に「費用がかかる」「時間がない」「内視鏡は痛くてつらそう」「恥ずかしい」など。内視鏡検査を受けると、たとえポリープが見つかっても同時に切除できるので、がんの予防にもなるのですが、これが現実です。
堀江 「忙しいから」と先延ばしにしている間に進行する可能性はあるわけですよね。
松田 精密検査の内視鏡検査で大腸がんが発見されるのは、便潜血陽性者の3〜5%くらいです。しかもその60%が早期がん。検診をせずに病院を受診した場合は、80%が進行がんだったというデータもあります。
堀江 早期発見・早期治療のための検診が、全然生かされていない。
肺炎には、一生、肺の機能が回復しないケースもある
堀江貴文(以下堀江) 新型コロナウイルス感染症の症状としても知られるようになった肺炎についてレクチャーをお願いします。
山本和子(以下山本) コロナ禍前に9400人に対して肺炎のイメージをたずねたアンケートでは、59%が「抗菌薬で治る」、14%が「安静にしていれば治る」で、「死につながる怖い病気」と回答した人は27%。7割超の方が、肺炎は薬を服用して安静にしていれば治る病気と捉えていたことがわかります。
堀江 今聞いたら答えは違うでしょうね。
山本 肺炎とは、肺の中に炎症が起きている状態です。肺には袋状の肺胞が数億個あり、そのひとつひとつが二酸化炭素と酸素をガス交換し、毛細血管から血液を通じて酸素を全身に届けています。肺に炎症が起きると肺胞の上皮細胞が腫れて膨張したり、ガス(気体)が入っていた肺胞の中に、血漿(けっしょう)タンパク、白血球や浸出液が入りこみ、酸素が取りこめなくなります。CT画像で白く写っている部分が、そういう状態です。
堀江 酸素濃度が低下して、人工呼吸器が必要になってしまうんですね。
山本 人工呼吸器をつけないと呼吸ができないとか、ICUへの入院が必要な状態になると、日本では肺炎の「重症」とされます。コロナ禍以降は変わっていると思いますが、病院外で発生した肺炎の死亡率は約6%。高齢者施設では15%、病院に入院した患者ですと30%の方が亡くなる、命に関わる病気です。
堀江 肺炎は、菌が原因であることが多いんですよね。
山本 そうです。さまざまな菌によって発症しますが、もっとも多いのが肺炎球菌。全体の20〜30%ほどを占めます。肺炎球菌はダンベル形の双球菌で、非常に厚い莢膜(きょうまく)という殻で覆われているのが特徴です。肺炎球菌は鼻腔に定着していて、特に小児の保菌率が高く、そこから周囲の成人に伝播します。身体が弱っていたり免疫力が低下している人ですと、鼻腔についた肺炎球菌が肺に入りこみ感染することで肺炎を発症します。
それだけでなく、血液の中にも菌が入って菌血症になったり、脳の髄液に入って髄膜炎を引き起こしたりと重症化しやすく、そうなると肺炎が治ったあとも後遺症が現れやすい。世間のイメージよりも危険な感染症と言えるんです。また、肺胞を包んでいる上皮細胞は炎症で壊れます。軽度なら元に戻りますが、一定のレベルを超えると治らず、肺の機能が低下したままになります。
40代から機能低下する腎臓と過剰なリンが、早老化の原因に
堀江貴文(以下堀江) 先生の著書のタイトルが『腎臓が寿命を決める』ですが、これはどういうことなんですか?
黒尾 誠(以下黒尾) 腎臓は地味な存在で、尿をつくる以外の働きはあまり知られていません。実は1991年に、マウスの遺伝子操作実験をしていた際、誤って遺伝子の一部を壊してしまい、突然変異の遺伝子欠損マウスができたことが腎臓の研究を始めたきっかけです。
堀江 どんなマウスだったんですか?
黒尾 毛が薄く、背中が曲がっていて筋力が弱く、雄雌ともに不妊で動脈硬化と心肥大、骨粗しょう症などの症状があって、健常なマウスより早く死んでしまう。老化が加速している状態です。もしかしたら、私が「老化抑制遺伝子」を壊したために老化を加速させたのではないかと考えて、遺伝子を探し始めました。
堀江 30年も前のことなんですね。
黒尾 はい。偶然からのスタートでした。それから6年後の’97年に、老化を抑制する遺伝子を世界で初めて発見し、クロトー(Klotho)遺伝子と名づけました。ギリシャ神話の「生命の糸」を紡ぐ女神の名前にちなんでいます。
堀江 クロトー遺伝子は何をしてるんですか?
黒尾 体内のリン(元素記号P)の恒常性維持のために、重要な役割をしていることがわかりました。リンは生命の維持に必須の六大元素のひとつ(他に水素・炭素・窒素・酸素・硫黄)で、骨(リン酸カルシウム)、細胞膜(リン脂質)、遺伝子のDNA、細胞のエネルギーとなるATPを構成している成分。我々は普段、食事からリンを摂取しています。
堀江 リンを摂る、って意識はほとんどないですよね。
黒尾 そうですね。珍しい栄養素ではなく、肉や魚介類などに多く含まれているので。リンの摂取を感知すると骨細胞がFGF23(線維芽細胞増殖因子23)というホルモンを分泌するのですが、FGF23は血中を流れて腎臓に届き、受容体と結合すると「リンを排泄せよ」という指令を届けます。クロトー遺伝子は、FGF23からの指令を受け取る受容体の役割をしているんです。身体に入ってきた成分は過不足のない状態に保たれることが重要なので、過剰に摂取されたリンは尿中に排泄されるんです。このように、身体にリンが溜まりすぎないようにするシステムを腎臓が担っていることがわかりました。
堀江 遺伝子欠損マウスにはクロトー遺伝子がないから「リンを排泄せよ」の指令が受け取れないわけですね。
黒尾 はい。よって、不要なリンが排泄されず、体内に溜まってしまうんです。過剰なリンが老化に関連するかどうか、エサに含まれるリンの量を変えて食べさせてみたところ、0.1%以下にすると、欠損マウスの老化症状が消えて寿命も延びました。つまり、リンが老化を加速することがわかったのです。
堀江 リンの何が身体に悪いんですか?
黒尾 例えば、細胞の培養液にリンを加えると細胞が死滅します。高濃度のリンは細胞毒となるのです。尿中にリンを排泄すれば血中のリン濃度はあまり上昇しませんが、尿をつくっている腎臓だけは常に高濃度のリンにさらされるのでダメージを受けやすい。腎臓は、血管と尿細管で構成される「ネフロン」という構造物の集合体です。ネフロンは血液をろ過するフィルターの役目をしていて、水や電解質などサイズの小さなものをろ過して「原尿」をつくり、その原尿が尿細管を流れるうちに必要な成分が必要量だけ再吸収されて血管に戻されます。不要とされたものが尿として膀胱に溜まるのです。リンを過剰に摂ると、原尿中にリンが多く排泄されます。するとリン酸カルシウムの結晶となって析出します。これは針状結晶のため、尿細管を傷つけることもあります。尿細管の障害でネフロン数も減少してしまう。その結果、フィルターが減ってリンが排出しにくくなるという悪循環になります。
堀江 年齢によっても腎臓の老化は進むんですか?
黒尾 進みます。腎臓のろ過機能の主役であるネフロンは加齢とともに減少し、60~70代になると、その数は若い時の約半数になるとされています。50代以降で糖尿病や高血圧などの、腎臓に合併症をきたす生活習慣病を発症するとネフロンの減少はさらに加速し、一定レベルより減ると慢性腎臓病になります。腎臓病は今や成人の8人に1人が患う“国民病”とされていて、初期は無症状ですが進行すると腎不全となり、身体に不要な成分の排泄ができなくなるため腎移植や人工透析が必要になってしまう。人工透析の患者の症状は、前述したクロトー欠損マウスと非常によく似ています。尿中リン排泄障害で血中リン濃度が上昇し、血中に析出したリン酸カルシウムが血管を通って全身を巡り、老化が加速するんです。