最先端医療を8年以上取材し、「老化は克服できる」ことを自らの身体で実験し続ける堀江貴文氏。「バーキン買うならカラダに使え」と提言する堀江氏が今、特に伝えたい健康で長生きするためのノウハウとは!? ゲーテの人気連載を書籍化した『金を使うならカラダに使え。 ⽼化のリスクを圧倒的に下げる知識・習慣・考え⽅』の一部を再編集してお届けする。最終回。#1/#2/#3/#4
認知症と関わる脳機能の低下は、がんなどの大病を克服した後にも現れる“最後の病”とも言われていて、発症の原因や治療法はいまだ研究の途上。だからこそ、専門医のもとで予防医療を受ける意味は大きい。脳神経外科学会専門医で、認知症についての研究を続ける「東京予防クリニック」院長の村上友太医師に脳機能、認知症についての最新知見を尋ねた。
認知症の原因? アミロイドベータ仮説とは
認知症とは、何らかの脳の病気や障害などによって、記憶や判断などを行う脳機能(認知機能)が持続的に低下し、日常生活や社会生活がうまく行えなくなった病的な状態のこと。認知症には多くの種類があるが、「アルツハイマー型認知症」「血管性認知症」「レビー小体型認知症」「前頭側頭型認知症」が代表的で、なかでも「アルツハイマー型認知症」が認知症の原因の過半数を占める。
「認知症は根本的な原因が解明されていないため、治療法が確立されていません。現状は発症を防ぐことと、予防することが重要とされています」(村上医師)
現在、医学会で主流となっているのは、「認知症は脳内の異常タンパク質であるアミロイドベータの増加が原因」とするアミロイドベータ仮説だ。
脳細胞内で不要になったタンパク質は、酵素でバラバラに分解されてペプチドとなり、リンパ管経由などで排泄される仕組みがある。しかし、何らかの原因で分解が異常になり、構造がおかしくなったのがアミロイドベータというタンパク質。これが排泄されず、ゴミとして細胞内に溜まるために脳細胞が死滅していく、というのが認知症のアミロイドベータ仮説だ。このプロセスの一部を阻害するための薬や、臨床試験中の薬が各国で研究・開発されている。
とはいえ、アミロイドベータができる原因は解明されていないし、アミロイドベータ仮説では説明できないものもある。
「最近の研究では、さまざまな原因により起きた脳の炎症が神経細胞死に至った結果だという見解もあります。また、神経細胞を保護している構造体で、神経信号の伝達に重要な役割をするミエリンの損傷や、脳動脈硬化による慢性の脳血流低下の関与など、さまざまな発病原因が考えられているので、専門家の間で議論が続いています」(村上医師)
もう1つ、認知症の原因として解明されているのが歯周病菌だ。歯周病菌は口腔粘膜から毛細血管に入り込むことがわかっていて、全身に悪影響を与えるとされる。炎症を起こしたり体内のタンパク質を変性させたりするので、脳卒中や認知症の原因になると言われているのだ。
認知症は何年もかけて進行する病気なので、薬の開発に関しても、5年、10年と継続して試験経過を見ていくことが必要になる。しかしようやく、日本とアメリカの製薬会社が共同開発した新薬「レカネマブ」がアメリカでの経過観察を経て、日本での製造販売が承認された。このことは大きなニュースになったが、レカネマブに認知症を根本的に治す効果は認められておらず、治療薬や治療法の研究は今後も続いていくだろう。
新しい治療法の可能性と脳脊髄液
脳の機能低下の原因解明や治療法の研究は近年活発になっていて、村上医師は「脳脊髄液(のうせきずいえき)」の研究も行っていたそうだ。
脳脊髄液とは、脳と脊髄(背骨の中にある太い神経束)を包んでいる硬膜(こうまく)との間を満たしている無色透明の液体のことで、脳の中心部で血液をろ過することによって作られる。そして、脊髄を通って背骨の一番下の仙骨まで運ばれ、脊髄を通って脳に戻っていく。この脳脊髄液に関する研究が、この15~20年くらいで盛んになっていると村上医師は言う。
「脳の周囲にある脳脊髄液の働きはわかっていないことも多いのですが、脳の細胞と細胞の間にある間質液は脳脊髄液に移行するのか? 脳の老廃物が脳脊髄液に排出されてリンパ管へ流れるルートがあるのか? など、“脳に溜まったゴミ”を脳脊髄液経由で排出できないかと考えています。私が大学で研究していたのは、脳脊髄液に含まれるタンパク質の解析です。もしも“ゴミ関連のタンパク質”が見つかれば、脳脊髄液は脳の老廃物の排出ルートだと考えられますし、新しい治療法ができるかもしれません」(村上医師)
脳脊髄液は“脳のゴミの収集ルート”かもしれない。だとしたら、何らかの不具合によってゴミが排出されないと認知症の一因になるという、新たな原因の解明につながるだろう。
(中略)
日常をアクティブに過ごすことが最大の予防策
認知症は、アクティブな人はなりにくいと言われている。
「運動習慣があるとか、ハマっていることがあるとか、知的好奇心が強い人は発症しにくいとされています。医学的に説明すると、複雑な視覚刺激を処理する役割をする頭頂側頭葉の萎縮が抑制されるからです。僕は将棋が長年の趣味なのですが、将棋で盤面を瞬時に把握する時に使う場所でもあります。何かを集中して行うことは、脳への良い刺激になると考えられているのです」(村上医師)
さらに村上医師は「認知症の予防として日常に取り入れるなら、まずは運動をすること」と断言する。脳の萎縮や神経細胞の死滅には脳血流の減少が大きく関わるため、運動によって血行を促進することで認知症の発症リスクを下げ、動脈硬化も防げるそうだ。
感覚器の機能低下を見過ごすな
アクティブでい続けられるかどうかは、目や耳などから情報を取り込む機能の状態も大きく関わるだろう。たとえば視覚情報なら、65歳以上の約半数は白内障だというデータがある。白内障になるとすりガラス越しに物を見ている状態になり、視覚から得られる情報は必然的に落ちるはずだ。村上医師も「情報のインプット、アウトプットは脳にとって重要ですが、視覚や嗅覚、聴覚など感覚器の機能が低下すると、認知機能や脳機能は落ちていきます」と指摘する。
「年だから仕方ない」と受け止めて放置せず、感覚器のレベルを高く保つことができれば、脳神経を活性化させることが可能だ。当たり前の話なのだが、それがすなわち、認知症の予防につながる。
最後に、村上医師が、脳神経外科専門医ならではのアドバイスをしてくれた。
「頭部の病気は、症状がわかりやすいものと、わかりづらく、知らないうちに進行してしまうものがあります。たとえば、手足の動きが悪くなると自分も周囲も気づきやすいけれど、対人コミュニケーションが少ない人は、会話の機能障害が現れる脳の部位が傷んでいても気づきにくいものです。
脳は解明されていないことが多いからこそ、日々意識を高く持ち、メンテナンスをすることが大切だと思います。そして自身の現状を知るために脳ドックを受けていただきたい。1回で終わらせるのではなく、検査を定期的に行って画像の経時的変化を見ることがとても大切です。異変に早く気づくこともできます」(村上医師)
(特発性)正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫のように、手術によって認知症の症状が改善する病気もある。これらの疾患は認知症全体の5~10%程度とも言われていて、決して稀(まれ)な病気ではない。専門医の診断を受けることは、やはり重要だ。
僕は毎年、脳の検査をしていて、村上医師が言うように、異変を早く見つけることで、大事(おおごと)になるのを防いでいる。血流は川の流れと同じく、淀んでいるところが弱点になる。切れたり詰まったりすると命にも関わるのだから、脳の観察はずっと続けていこうと思っている。