現代美術家・村上隆と、至高のシャンパーニュ・ドン ペリニヨンがコラボレーション。世界的アーティストが限定ボトルの制作にこめた思いとは──。

村上隆「時間とは死んだ後も存在し続ける装置だ」
芸術家、村上隆の作品世界を象徴するモチーフである「お花」は、村上が東京藝術大学を受験する際から描き続けてきたものに由来する。そのカラフルな「お花」の笑顔を見つめていれば、不思議とその奥深くに広がる世界に引きこまれるようで、時代・国籍を問わず人々を魅了し続けてきた。
その村上が長く描き続ける「お花」のモチーフをデザインしたシャンパーニュ、ドン ペリニヨンのボトルが、この10月から数量限定で登場した。その制作の始まりについて村上はこう語る。
「ドン ペリニヨンから受け取ったのは『時間』という視点でした。ヴィンテージになるまで数年間、あるいは10年以上、じっと待ってから世に出る。その姿勢は、僕がいつも『死後に作品が残るか』を考えているのと同じ。あぁ、僕がこのコラボレーションに参加するのは偶然じゃないんだ、とプロジェクトの必然性を感じました」
ドン ペリニヨンはすべてがヴィンテージであり、熟成を経て味わうことができるシャンパーニュ。村上は「時間」をどう捉えて今回のボトルを制作したのだろうか。
「時間っていうのは、僕にとって『死後も存在し続けるための装置』みたいなものです。今この瞬間の評価よりも、100年後、200年後にどう見えるか。ドン ペリニヨンの熟成と同じで、今じゃなく未来の誰かが開けてくれた時に価値を発揮する。だから今回のコラボレーションは、タイムカプセルをつくっている感覚でした」

1962年東京都生まれ。現代美術家。日本美術の平面性を再解釈した「スーパーフラット」を提唱し、国内外で高い評価を得る。有限会社カイカイキキ代表として若手アーティストの育成にも力を注ぐ。
日本画や浮世絵など、遠近法を用いない日本美術の「平面性」と、現代の漫画・アニメの二次元的な表現を融合させた自身の作風を、村上は「スーパーフラット」と呼んできた。伝統的な日本美術のコードを現代文化のレンズを通して再構成するその姿勢は、17世紀からの長い歴史を重んじながら、常に革新を目指すドン ペリニヨンと通ずる。過去から学ぶこと、未来を切り拓くことを、村上はどう意識しているのか。
「僕の仕事は過去のエッセンスを吸収して、咀嚼して、未来に投げること。ドン ペリニヨンも同じで、何百年の伝統を持ちながら、その時代ごとに必ずアップデートしていく。だから僕も過去を否定するんじゃなくて、未来にどうつなげるかを常に意識しています」
一方で今回のコラボレーションでもっとも困難だと感じた点もまた「伝統」にあったと言う。
「やっぱり伝統の重さと僕のアートをどうやって並べるか、というところは難しかった。ドン ペリニヨンは長い歴史を持つ存在で、僕はアニメや漫画を落としこんだ現代美術。一見、接合点は見つけづらいのですが、でも、そこを組み合わせてみたら新しいイメージが生まれる。完成したボトルを見た時に『お花』とシャンパーニュがちゃんと一緒に呼吸しているな、と感じられてとても嬉しかったですね」
この「お花」のボトルは「ドン ペリニヨン ヴィンテージ 2015」および「ドン ペリニヨン ロゼ ヴィンテージ 2010」で数量限定販売となる。さらに、このボトルとは別に、村上がドン ペリニヨンをモチーフにしたアートピースを2026年に発表するのだとか。
それは、スーパーフラットの宇宙に呼応するダークメタリックの光沢を纏う球体のオブジェ「Uber piece」だ。「Uber」とはドイツ語で「最上級」「上質」を意味する単語。一体どんな作品を見ることができるのか、そのお披露目を待つ時間もまた愉しい。

祝い事や仲間との心が浮き立つ瞬間に嗜むことが多いドン ペリニヨンだが、そもそも村上はどんな時に「心が浮き立つ」のだろうか。
「偶然、きらめくアイデアが脳内に転がりこんできた時です。例えば娘が観ているYouTubeからヒントをもらったり、全然関係ないところで突然ひらめいたり。自分ではコントロールできない偶然に出会って、新しいアイデアがひらめいた時が一番嬉しいですね。制作においては頭のなかにある虚無みたいなものが、形になった瞬間、『あ、これならいけるかも』って思えるのですが、その最初の立ち上がりが一番ドキドキします」
そう、アイデアと作品が生まれる瞬間の幸福を村上は教えてくれた。そもそもそのインスピレーションの源はどこにあるのかと聞いてみると。
「僕は本当に集中力がなくて、20分くらいしか持たないんですよ。だからSNSや漫画、アニメ、音楽、何でもかんでもインプットしておいて、偶然の組み合わせで『あ、これかも』というものが出てくる。それを一気にカタチにしていく感じなんです」
そのインプットの蓄積が、やがて時代と国境を超える作品を生みだしていくのだ。
醸造所や葡萄畑で多くの人々が手をかけて生みだすドン ペリニヨンと同様に、村上の制作においても、多くの人々が関わっている。
「アーティストって、ひとりでつくっているイメージがあると思いますけど、僕の現場は常にチームです。浮世絵の版元や狩野派みたいに、昔から日本の芸術制作は共同作業の文化なんです。だから僕が意識しているのは『全員が記憶に残る仕事に参加している』と思えるようにすることです」
思考をめぐらせながら絵筆を動かす、あるいは葡萄畑で丁寧に収穫をする人々がいる。いつか誰かの幸福な瞬間を彩るものをつくっている。そんな自負とプライドを持って、彼らはそれぞれの仕事に向き合っているのだろう。
「だから、僕の場合は今、取り組んでいる作品が完成した時にチームのみんなで、このドン ペリニヨンの栓を開けたいですね。このボトルを手に取ってくださった方々には、大切な人と、未来のことを話す時に開けてもらえたら嬉しいです」
「お花」たちが微笑むそのボトルの栓を開ける。仲間とともに体験するその瞬間を想像するだけでも、なんだか心が浮き立つようだ。

