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2025.09.16
普通の人間が“炎上”で稼ぐ「アテンション・エコノミー」とは
過激な動画を配信し再生回数を稼ぐ炎上系ユーチューバー。何も持たない「ただの人」が、熱狂的なファンを獲得し、そこに「カネ」までついてくるアテンション・エコノミーとは? 肥沼和之さんがSNS社会の闇に迫る。『炎上系ユーチューバー 過激動画が生み出すカネと信者』から一部抜粋してお届けします。
大バズりした私人逮捕系ユーチューバーの動画
夜の渋谷駅のホーム。人混みのなか、大柄な若い男性が、スマホを手にした青年の腕をつかんだ。青年が抵抗すると、男性は彼を抱えて地面に倒れ込み、背後から羽交い絞めにして制圧。青年がもがいても、男性はびくともしない。そこへ第三の男が近づき、取り押さえられた青年に「逃げられないから」「携帯渡しな」と声をかける。口調こそ穏やかだが、身動きの取れない相手を容赦なく追い詰めていく。揉め事に気づいた誰かが非常ベルを押し、けたたましい音が響き渡る。何事かと声をかけてくる通行人に、第三の男は「盗撮」と答える。
ふと第三の男は、自分たちをスマホで撮影している人に気づき、「撮ってんじゃねえ」「消せやコラ」「見せもんじゃねーから」とすごむ。やがて駅員や警察が来て、青年は引き渡され、彼は盗撮行為を自供した。
YouTubeにアップされている約10分のこの映像は、いわゆる「私人逮捕系ユーチューバー」による、盗撮犯を私人逮捕する一部始終である。2023年6月に公開され、260万回以上再生されている(2025年6月現在)。コメント欄には「こういうユーチューバーがいると助かる」「感謝してる」「どんどんやってほしい」といった肯定派や、「やり過ぎ、犯人にケガさせたり死んだらどうすんの?」「自分が盗撮犯を見世物にしている」といった否定派など、7400以上のコメントが寄せられている。盗撮犯の顔にはモザイクがかけられているが、特徴的な髪型や髪の色までは隠せず、「身バレするのでは」と指摘するコメントもあった。
この動画はバズ、つまり非常にたくさんの再生回数や拡散、コメントを獲得した。私人逮捕の様子を動画にすることの是非について、ニュース記事や番組でも取り上げられ、議論が巻き起こった。ユーチューバーという一般人に近い人々による、わずか10分の動画が、社会現象となったのだった。
炎上系ユーチューバーの先駆けたち
デジタル化によってあらゆる物事が数字で可視化されるようになった現在、コンテンツの「再生回数」「拡散された回数」「インプレッション(表示回数)」「コメント数」などは明確な基準として金銭的価値を持つようになっている。この現象は「アテンション・エコノミー」と呼ばれる。簡単に言えば正しく有益な情報よりも、人々の注目を集める情報のほうが価値がある、という経済理論のこと。デマであっても、悪質であっても、薄っぺらであっても、たくさんの人々に見てもらえれば勝ち、というわけだ。
この状況を利用して、知名度や利益につなげようとする人が続々と現れている。代表的なのが、「炎上系」と呼ばれるユーチューバーだ。その名の通り、炎上も厭(いと)わない過激な動画を投稿し、批判されつつも再生回数を稼ぐというスタイルで、「悪名は無名に勝る」ということわざをまさに実践している。
その元祖と言えば、ユーチューバーのシバター氏だろう。今でこそ時事ネタに物申す動画が中心だが、2013年に同氏は意図的に大炎上を巻き起こした。動画内で、国民的ユーチューバー・ヒカキン氏の著書をこき下ろした挙句、手にした本に火をつけたのだ。当然、シバター氏は大炎上。実は著書を燃やすことを、事前にヒカキン氏に許可を取っていたと後にシバター氏は明かしているのだが、そんなことなど知らない視聴者たちは大騒ぎに。ヒカキン氏とシバター氏のファンやアンチが入り乱れて、シバター氏の狙い通りバズることとなった。
ユーチューバーのへずまりゅう氏も、炎上系として真っ先に名が挙がるひとりだ。 同氏はアポなしで有名ユーチューバーに突撃し、「メントスコーラお願いします!」などと強引にコラボを迫るスタイルで、再生回数や知名度を獲得していった。その後、配信中にスーパーで会計前の魚を食べる、洋服店にぼったくりだと言いがかりをつけて突撃する、などの行為により逮捕された。
公人でも意図的に炎上を起こし、注目につなげていた人物がいる。NHKから国民を守る党(当時)の党首・立花孝志氏だ。同氏は「今の時代、炎上商法を使わない人はむしろバカ」と言い切り、実際に行動に移して注目を集めてきた。特に話題になったのが、2019年にテレビ番組で立花氏を批判したマツコ・デラックスさんへの攻撃だ。立花氏は自身のSNSで、マツコさんへ訴訟を起こすと宣言したり、番組のスポンサーである崎陽軒への不買運動を訴えたりした。
象徴的なのが、「数字を持っているからマツコさんに絡む」と公言していたこと。同じ番組の出演者で、マツコさん以外にも立花氏を批判した人はいたが、知名度や話題性を計算したうえで、あえてマツコさんだけに照準を絞ったのである。自身の名誉を守るためよりも、注目を集めることを狙っての行動であることが窺える。
立花氏はユーチューバーでもあるが、当時は国政政党の党首でもある。NHKのスクランブル化という、一貫した主張もずっと掲げている。それを実現するために、アテンション・エコノミーにおいては炎上商法が最も効果的だと熟知し、実行している策士なのだろう。
近年はZ世代(1990年代半ば〜2010年代前半生まれ)を中心に、1分以内のショート動画が人気を集めている。炎上系配信者は、このフィールドにも現れている。例を挙げると、TikTokのとある女性配信者が、「食べ物を買ってあげる」とホームレスをコンビニに連れて行くが、会計の段階になって逃げてしまい、支払い能力のないホームレスが慌てる様子を動画にしたのだ。その配信者が最初から炎上を狙ったのか、悪ふざけの延長だったのか、その辺りは定かではないが、いずれにせよ大炎上し、同時に大バズりもした。
配信者も視聴者もショート動画にシフトしている以上、ここでも炎上系配信者は間違いなく増えていくはずだ。
進化する炎上系動画
配信者は炎上行為をすることで、もちろん失うものも大きいが、得るものもある。それは圧倒的な知名度である。有名になれば、一挙手一投足が注目されやすくなり、悪行であってもメディアあるいはフォロワーやアンチのSNSで取り上げられるなどして、結果的に数字が稼げる。さらにごく少数ではあっても、熱狂的なスポンサーや支援者がつくこともある。へずま氏も知名度を買われ、月100万円の給料でナイトレジャー関連の企業からスカウトを受けた、とされている。捨てる神があれば、拾う神もあるというわけだ。こうなれば、炎上系配信者にとって成功と言えるだろう。
そして近年、「炎上系ユーチューバー」は形を変えて進化してきた。わかりやすい迷惑行為をして炎上を狙うのではなく、「賛否両論」「物議を醸(かも)す」という、賛成派・反対派の両方を生み出すようなコンテンツを配信するようになっていったのだ。代表的な例を挙げると、「世直し系ユーチューバー」がそれである。痴漢や盗撮犯を捕まえる、タバコのポイ捨てや転売ヤーを注意するなど、していることは「世直し」であるものの、ときに暴力的に相手を制圧したり、喝恫(どうかつ)したり、顔を晒(さら)したりとそのやり方は過激であることが多く、賛否が寄せられている。後に詳しく書くが、過激にしているのはわざとで、動画映えを狙っているため、という指摘もある。冒頭で紹介した「私人逮捕系」も、世直し系の同種とされている。
アテンション・エコノミーの危険性
我々の身の回りには、テレビやラジオ、新聞や雑誌や書籍、ネットニュースやSNSやブログといったさまざまなメディアプラットフォームがある。それぞれ特徴は異なるものの、世界的にデジタル化が進むなかで、あらゆるメディアと「アテンション・エコノミー」が切り離せなくなっていることは共通している。
この状況は、大きな問題をはらんでいる。個人の配信者であっても、マスメディアであっても、倫理や道徳が崩壊していくことが懸念される。なぜなら、アテンション・エコノミーはすでにビジネスモデルになっているため、倫理規範を持つメディアであっても、「質よりも、いかに注目を集めるか」に重きを置いたコンテンツを生み出すことは、収益を得るために避けて通れないからだ。
正直者がバカを見て、目立った者が勝つと言っても過言ではない社会。手っ取り早く注目を集められるため、フェイクニュースも今以上に横行していくだろう。何が真実かわからないなかで、我々は踊らされ、架空の出来事に悲しんだり、憤ったり、怯えたりしてしまうかもしれない。何とも不健全で歪んだ世界に思えてしまうが、山奥に引っ越すなどして、今さらネットのない暮らしに戻るのも大半の人はできないだろう。
重要なのは、この現実を嘆くのではなく、受け入れて理解し、ネットやSNSや情報と正しく向き合うリテラシーをいかに身に付けるか、ということだ。
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