世の中には幸運に恵まれる人とそうでない人がいる。「運の正体」とは何なのか?うまくいく人とそうでない人の違いを研究し、3万人以上に脳科学的ノウハウを講演してきた脳科学者・西剛志が考察する。

科学が証明した「運を作る思い込み」
「正直、私の人生はほとんどが“運”なんですよ」
ビジネスからスポーツ界までうまくいく人がよく言う言葉の1つです。一見すると謙遜?とも思われるかもしれませんが、この「運」こそが、うまくいく人とそうでない人の違いを生み出している1つの大きな要素です。海外の研究からも面白いことがわかってきています。
運に関して、ケルン大学で行われた有名なパターゴルフの実験があります。被験者に「これは幸運のボールです」と伝えてから打ってもらったところ、何も伝えられていないグループに比べて、カップインの確率がなんと35%も向上したのです(*1)。
つまり、「自分はツイている」という思い込みが脳の働きを活性化させ、無意識のうちに行動や判断力までも引き上げてしまうことを意味しています。
パナソニック創業者の松下幸之助は社員の採用試験で、「君は運がいいか?」と質問していたという話は有名ですが、まさに「運がいい」と思うことは、能力を開花させて、人生に運を引き寄せる可能性があるのです。
またそれ以外にも、運に関するもう1つ大切な要素があることも分かってきています。
「いい運が巡ってこない」理由
私自身、これまで5,000名以上の脳の状態や行動パターンを研究してきました。そのなかで、仕事でもプライベートでもうまくいく運がいい人たちに共通していたことが1つがあります。それは「人生でやりたいことを見つけている」という事実でした。
やりたいこと(天職)を、英語で「コーリング」(天から呼ばれた仕事)と言います (*2)。
そして実際、やりたいことを見つけると運がよくなることを示す数々の現象が研究からわかってきているのです。具体的には、以下の4つの“運を生み出す現象”が起きやすくなると言われています。
「やりたいことを見つける」と起きる4つのこと
1. 収入が上がる
やりたいことをしている人は幸福度が高く、生産性もアップします。ウォーリック大学の研究では、幸福度が仕事の生産性を10〜12%向上させると報告されており(*3)、さらには創造性が300%も高まるというデータもあります(*4)。
やりたいことをしている人は、そうでない人に比べて収入が高く、より高い地位や名誉を得ることや、欠勤日数が少ないこともフロリダ大学のRyan D. Duffy博士の研究からわかっています(*5)。
2. 困難を乗り越える力がある
運のいい人は、実は「困難に強い人」でもあります。
リスボン大学の研究では、「やりたいことがある人ほど、チャレンジ精神が高く、逆境に強い」という結果が出ています(*6)。どんなに頭が良くても、少しの挫折で心が折れてしまっては、運をつかむどころか、チャンスにさえ気づけないまま終わってしまうのです。
3. 疲れにくく、エネルギーが続く
やりたいことに向かって生きている人は、脳内に快感ホルモンが分泌されやすく、同じ労力でも疲れにくくなるという特性があります(*7)。
「なんであの人は、いつも元気なんだろう?」と思う人は、もしかしたら“やりたいこと”にエネルギーを注げているのかもしれません。
4. 人を惹きつける「魅力」に溢れている
運がいい人の最大の特徴の1つは、自分の力だけでなく「人を巻き込む力が高い」ということです。
やりたいことに情熱を注ぐ人には、自然と応援してくれる人が集まり、良い流れが生まれていきます。これは、ハーバード大学の研究でも実証されており、「幸せな人の周囲には、同じように幸せな人が集まる」ことが明らかになっています(*8)。
まさに「運がいい人の周りには、運がいい人が集まる」。そして、自分の力を超えた成果を得やすくなることが科学的にも裏付けられているのです。
「運のよさ」とは接触面積を広げること
私もかつては、何もかも一人で頑張ろうとしていた時期がありました。いつも同じ人と付き合い、専門書ばかりを読む。けれど、自分の心に従って、やりたいことへの道を進んでいくと、少しずつ共感していただけるお客様や仲間が増え、応援され、思いがけない形でチャンスが巡ってきました。そして他のリサーチからも、同じことが共通点として浮かびかがってきています(*9)。
もちろん、生まれや環境なども運を左右する要素の1つです。しかし、運のいい人が必ず、生まれや環境がよいかというとそうではないかもしれません。大きな流れは変えられませんが、その中を少しずつ泳いでいくことで、全く違う土地にたどり着く人もいるということです。
今こうしてコラムを書けているのも、自分がやりたいことを仕事にして、日々精力的に講演活動をしたり、本を書いていたからだと感じます。そんな活動がふと雑誌の編集者の目に止まり、声をかけていただいた経緯があったのだと思います。
「運がいい」とは、特別な人だけが持つ才能ではありません。自分は運がいいと感じたことを振り返る、自分の“やりたいこと”に向き合う、接触面積を増やしていく。一見すると小さなことに感じるかもしれませんが、日々の行動と考え方の積み重ねが、驚くほど人生の中で大きな差を生み出していきます。それこそが、運のいい人の正体と言えるのかもしれません。

脳科学者(工学博士)、分子生物学者。武蔵野学院大学スペシャルアカデミックフェロー。T&Rセルフイメージデザイン代表取締役。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。2002年に博士号を取得後、特許庁を経て、2008年にうまくいく人とそうでない人の違いを研究する会社を設立。子育てからビジネス、スポーツまで世界的に成功している人たちの脳科学的なノウハウや、大人から子供まで才能を引き出す方法を提供するサービスを展開し、企業から教育者、高齢者、主婦など含めて3万人以上に講演会を提供。『世界仰天ニュース』『モーニングショー』『カズレーザーと学ぶ。』などをはじめメディア出演も多数。TBS Podcast「脳科学、脳LIFE」レギュラー。著書に20万部のベストセラーとなった『増量版 80歳でも脳が老化しない人がやっていること』、『1万人の才能を引き出してきた脳科学者が教える 「やりたいこと」の見つけ方』など海外を含めて累計42万部突破。最新刊『結局、どうしたら伝わるのか? 脳科学が導き出した本当に伝わるコツ』も好評発売中。
<参考文献>
(*1) Damisch L, et.al.“, Keep your fingers crossed!: how superstition improves performance”, Psychol. Sci., Vol.21(7), p.1014-20, 2010
(*2) Duffy RD, Dik BJ, Douglass RP, England JW, Velez BL. Work as a calling: A theoretical model. J Couns Psychol. 2018 Jul;65(4):423-439/Sawhney, G., Britt, T. W., & Wilson, C. (2020). Perceiving a Calling as a Predictor of Future Work Attitudes: The Moderating Role of Meaningful Work. Journal of Career Assessment, 28(2), 187–201
(*3) Oswald, Andrew J. , Proto, Eugenio & Sgroi, Daniel, “Happiness and productivity”, Journal of Labor Economics, 2015, Vol.33(4), p.789-822
(*4) Lyubomirsky S. et.al., “The benefits of frequent positive affect: does happiness lead to success?” Psychol. Bull., 2005, Vol.131(6), p.803-55
(*5) Duffy. R. D. & Sedlacek, W. E. 2010 The salience of a career calling among college students: Exploring group differences and links to religiousness, life meaning, and life satisfaction. The Career Development Quarterly,59:27-41.
(*6)Esteves, T., & Lopes, M. P. (2017). Crafting a calling: The mediating role of calling between challenging job demands and turnover intention. Journal of Career Development, 44, 34–48
(*7) Ehrhardt K, Ensher E. Perceiving a calling, living a calling, and calling outcomes: How mentoring matters. J Couns Psychol. 2021 Mar;68(2):168-181.
(*8)Fowler JH. & Christakis NA. “Dynamic spread of happiness in a large social network: longitudinal analysis over 20 years in the Framingham Heart Study”, BMJ. 2008, Vol.337:a2338
(*9) Duffy RD, Dik BJ, Douglass RP, England JW, Velez BL. Work as a calling: A theoretical model. J Couns Psychol. 2018 Jul;65(4):423-439