「自分の強みがわからない」「自分に合う仕事が他にあるのでは?」。こんな悩みを抱えるのは、若者に限ったことではない。働き盛りの30代・40代になっても「自分探し」の旅を続けている人は多いものだ。ゲーテwebの連載「何気ない勝者の思考」でお馴染みの脳科学者・西剛志先生は、これまで多くの人の「自分探し」を手助けしてきたエキスパート。ここでは、適職にめぐり合うための「才能」について深掘りする。『1万人の才能を引き出してきた脳科学者が教える 「やりたいこと」の見つけ方』(PHP研究所)の一部を抜粋・再編集して紹介する。【その他の記事はコチラ】
才能の理解を深める「MI理論」
ここでは「才能」についての理解を深めていきたいと思います。
私は仕事柄、さまざまな才能の理論を調べてきましたが、意外と才能に関する 理論は多くありません。その理由は、「才能」とは何かの定義が曖昧だからです。
たとえば、「記憶力」を才能だという研究者もいれば、才能ではなく人間としての基本能力だという人もいます。 また、才能がかかわる脳の部分は幅広いため、脳科学的に「これが、この人の才能だ!」と言い切ることは至難の技なのです。
人の才能を、もっともわかりやすく数値化した有名な指標は、知能指数(IQ) でしょう。 実は、それ以外の指標があるのはご存じでしょうか?
2018年、IQとは独立したまったく新しい才能「O(オー)」が米国ヴァン ダーヴィルト大学にて発表されて話題となりました。
「O」は、物体認識にかかわる才能で、X線の写真から小さな腫瘍を特定した り、間違い探しが得意だったりと、視覚情報から正しい判断を行なう能力です。 ちなみにIQが低くても、Oという才能が異常に高い人もいるため、Oの診断をすると天才だといわれる人もいます。
そして、もう1つ才能理論として世界的に有名なものが、認知教育学の権威で あるハーバード大学のハワード・ガードナー教授が提唱した「8つの知能(MI理論)」です。
彼は「人の知能は1つではなく、複数存在する」ということを提唱して、IQだけで人を判断することに疑問を投げかけました。 この理論に対し、世界ではさまざまな見解が示されていますが、私自身、これまで15 年ほど脳の研究をしてきたなかで、MI理論はかなりの確率でその人の能力を言い当てることができると感じました。
私は「8つの知能」理論をベースに、独自の分析を加え、これまでビジネスからスポーツ、幼児教育にいたるまで数多くの人たちの才能を分析してきました。
次回の記事では、私が企業や教育機関などに提供している才能診断の一部(簡易版)を紹介します。(記事はこちら ※11/13公開)。
私たちのなかに眠る「10の才能」
人の才能は大きく10種類あります。順を追って紹介しましょう。
【A 言語的知能】
私たちが、自分や相手の考えを言語化したり、言葉をアレンジするといった、言葉に関する才能です。 有名な例としては、演説家や小説家。世界的に有名なキング牧師やケネディ大統領、文章力を武器とする小説家や編集者なども含まれます。
言葉の才能は仕事以外にも見られます。SNSやブログの文章でバズったり、話の面白さで人を魅了できるといった方は、高い言語的知能の持ち主です。
【B 数学的知能】
数学的知能は、文字通り、数字を扱う才能です。ピタゴラス、アイザック・ニュートン、カール・フリードリヒ・ガウス……、私が説明するまでもなく、数学的知識に長けた偉人たちです。数学者、物理学者といわずとも、データアナリストや会計士、税理士といった仕事も、日頃から数字を扱います。
「8つの知能」理論では、「論理・数学的知能」として、論理と数学の才能は一緒に扱われています。しかし私自身、数多くの人を見てきて、2つの才能は別物として分けられることに気づきました。「数学ができないと、論理的思考も苦手」と多くの人が思っていますが、実際には、計算は苦手でも、物事の仕組みを考えたりすることが大好きな人がいます。
あなたの周りに、計算や数学は得意ではないのに、生き物や宇宙、量子物理学などに興味があったり、電化製品の仕組みをやたら、わかりやすく説明できる人はいませんでしたか? そうした人は数学的才能ではなく、論理的な才能がある可能性が高いのです。
【C 論理的知能】
論理的知能は、物事を一つひとつ積み上げて構成していく能力や、人の話などを整理して、そこから因果関係を見出す能力です。 旅行の計画が得意なのも、論理的知能の高い人に見られる傾向です。 コンサルタントや経営者などは、論理的知能が高い傾向にあります。文系出身で経営コンサルタントになる人がいるのも納得かと思います。
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ、メタ創業者のマーク・ザッカーバーグ など、世界的に優れた経営者は論理的知能が高いことが予想されます。 質問をするのが大好きな人も、論理的な思考が強い人が多い傾向があります。表面的な内容よりも、その背後にある仕組みを知りたいからです。
【D 視覚空間的知能】
モノの形や配置を脳内で再現する能力です。イメージを3Dで再現する能力ともいえます。近年見つかった物体認識の才能「O」にも重なる能力です。この知能が長けているのは、たとえば建築家や車の運転が得意な人です。頭のなかで立体を回転させたり拡大したり、想像上の建物のなかを歩いたりと、自由自在です。また、地図を読むのが上手な人、一度歩いた道を忘れない人、インテリアや家具の配置を一発で決められる人なども、視覚空間的知能が高いでしょう。
歴史上の偉人でいうと、相対性理論を確立したアインシュタインは視覚空間的知能があったといわれています。彼は、惑星の軌道を脳内で忠実に再現できる特殊な能力があったそうです。なお、ここまでに挙げたA~Dをすべて総合した力が、かの有名な「IQ」という知能指数を構成する基本的な力となります。
【E 音楽的知能】
リズムやメロディー、音の高さや音質などを認識する能力です。私が説明するまでもなく、モーツァルト、ポール・マッカートニー、マイケル・ジャクソン……、音楽の巨匠たちはこの能力が突出しています。
音楽家は当然音楽的知能が高いのですが、作曲や楽器演奏以外のところにこの才能を生かしている人もいます。たとえば、舞台の演出家、イベントの演出家、動画クリエイターなどです。彼らは「この音楽をこの場面で、このタイミングで流すと場が盛り上がる」など感覚的に鋭く、瞬時にわかります。このように、音楽をつくる仕事のみならず、音楽を「アレンジする仕事」にも生きる知能です。
【F 身体的知能】
MI理論では体全体を動かす「身体的知能」と後に述べる「手先の知能」は、身体的知能という表現で1つになっています。しかし、私のこれまでの15年の知見では、2つに分けたほうが、自己理解を深めることができるため、「身体的知能」と「手先の知能」に分類しています。
身体的知能は、体全体を使うことに喜びを感じたり、頭でイメージしたことを体で再現するのが得意な力です。また1つの場所にずっといることができない人が多いことも特徴です。デスクワークが好きでない人は、身体的知能が高いことが多かったりします。
身体的知能に優れた人は、野球やサッカー、陸上、水泳、スキーなどスポーツ選手、力士、フィギュアスケーター、プロダンサーやバレー女優、ミュージカル俳優、配達員から体操の先生まで、とにかく体を動かすことが大好きです。得意でなくても、体を動かすのが好きであれば、大丈夫です。
【G 手先の知能】
料理人や彫刻家、手芸が得意な人など、職人系の仕事をする人たちに顕著な、手先の器用さを表す才能です。医療の世界で「神の手を持つ外科医」と賞賛されるスーパードクターも、この才能の持ち主といえるでしょう。
余談ですが、私の同級生で医者になった人も多かったのですが、外科医になったものの、手先の器用さで苦労している人が少なからずいます。外科医の世界では、頭のよさだけでなく「手先」と「視覚空間」の能力が必須です。もしかすると、手術がいらない内科医や精神科医になったほうが、医者としては成功しやすく幸せを感じやすかったかもしれません。
そういった意味で、学習成績(IQ)だけで進路を決める今の教育システムには、まだまだ課題がたくさんあるともいえるでしょう。
【H 対人的知能】
対人的知能とは、相手の立場で考える能力で、コミュニケーションのうまい人が持ち合わせている才能です。他人の意図や要求、感情を理解する能力、人に共感することが得意です。この知能が優れた偉人は、貧しい人々に生涯を捧げ、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサが有名です。
対人的知能は、営業職やレストランやホテルの接客、各種のサービス業など、純粋に人と接することが好きな人は持っていることが多い傾向があります。子どもが好きな人、休日は人と会う予定を入れる人も、この能力が高い可能性があります。会話中や電車に乗っているときに、第三者を見て「この人は何を考えているのか?」とつい考えてしまう人も、対人的知能が高いといえるでしょう。
【I 内面的知能】
聞き慣れない言葉かと思いますが、内面的知能とは、自分を深く理解する能力のことです。私もこの仕事をするまでは、まったく知らない才能でした。自分の感情や長所短所、将来何になりたいのか、そのために取るべき行動などを把握する能力をいいます。
子どもの頃から妄想好きな人や、マイペースで周りが見えない人は、内面的知能が高い可能性があります。内面的知能が高い人は、自分の理解を深めていくのが大好きです。研究者気質で、一人で黙々と活動するのもOK。部屋にこもりきりの仕事も、苦になりません。
世界的に有名なラルフ・ワルド・エマーソンなどの哲学者、思想家、人生の意味を伝える牧師やお寺の住職、心理学や自己成長に興味がある人も、この能力の持ち主だと考えられます。私自身もこの能力が高いことに、30歳を過ぎて気づきました。
【J 博物学的知能】
博物学的知能とは、簡単にいうと「分類の才能」です。同じ種類をまとめる、あるいは違う種類を見分ける能力です。たとえば、わかりやすいのはブランド品や骨董品の鑑定士でしょう。見た瞬間に本物と偽物の区別ができてしまいます。身近な例では、植物の名前に詳しい人も同じです。道端に生えている雑草をパッと見て、普通の人には「どれも同じ」に見えてしまうかもしれません。しかし、博物学的知能が高い人は、植物同士の共通点と違いがすべてわかるため、まったく違う植物として見分けられます。
それ以外に、動物や世界遺産に詳しい人や、ワインや切手、フィギュアやコスメのコレクター、鉄道マニアなども、博物学的知能が高い人が多くなります。意外なところでは、自然保護活動に熱心な人も、博物学的知能の持ち主である可能性が高いことです。自然の素晴らしさとは、多様性の素晴らしさ。樹々の色合いや花の香りから、季節の移ろいを感じる―博物学的知能が高い人には、そういった感受性の強さがあります。
進化の系統を分類し、『種の起源』を発表したチャールズ・ダーウィンはその典型です。米国のアル・ゴア元副大統領のように、自然好きが高じて環境保護活動に熱心な人もいます。
【西先生考案の「才能診断」「適職診断」はこちら ※11/13公開】