子育て本や著名な教育者の話を参考にしても、我が子が思ったように育ってくれない。そう悩む親も少なくないが、「それは、ある種当然のこと。勉強の出来はもちろん、パーソナリティも遺伝の影響が大きいですから」というのは、行動遺伝学の第一人者、安藤寿康氏。そのココロとは!? 【その他の記事はこちら】

学力、身体的特徴、社会性…。すべてのことに遺伝が関係
「頭の良い子を育てる方法」「男の子/女の子の育て方」「自分から学べる子にする」「運動神経の良い子にする」。子育て本をはじめ、雑誌やWEB記事、動画サイトには、成人前の子を持つ親の関心を引くワードがひしめいている。となれば、我が子が人生勝ち組になることを望む親としては、試したくなるというものだ。
ところが、指南通りに子供に接しているつもりなのに、成果がイマイチということは多々ある。自分のやり方が間違っているのか、それとも、子供のがんばりが足りないのか!?
「マニュアル通りに育てても、すべての子に期待通りの結果が出るわけではありません。なぜなら、人間は、学力をはじめ、身体的な特徴やパーソナリティに至るまで、すべてのことに遺伝の影響を受けているからです」と指摘するのは、長年「双生児法」という手法で、人間の行動に関する遺伝の影響を研究している安藤寿康氏。
双生児法とは、同じ受精卵から生まれ、遺伝子も家庭環境も同じ一卵性双生児と、遺伝子は異なるが同じ家庭環境で育った二卵性双生児を多数集め、知能や学力、パーソナリティ、社会性、精神疾患や薬物依存の診断など、多岐にわたって比較する方法だ。一卵性のほうが二卵性よりも似ている度合いが大きければ遺伝の影響が強いと判断し、どちらも同じくらい似ている場合は、遺伝ではなく“ふたごを類似させるような環境(共有環境)の影響”が強いとする。また一卵性でも似ていなければ、ふたごが通っている学校やクラス、交友関係、さらには同じ家庭のなかでも偶然異なる経験をするなど、ふたごそれぞれで異なる環境(非共有環境)の影響が強いと考える。
こうした膨大なデータから導かれたのは、学業成績は遺伝の影響が約50%で、身長や体重の遺伝は80%、パーソナリティは40%、物質依存は50%強だということ。それほどまで、我が子は自分に似てしまうのかと愕然とするが、「遺伝とは、親に似ることではありません」と、安藤氏。
「ざっくりと説明すると、父親と母親それぞれが持つ膨大な遺伝子がランダムに半分ずつ子供に受け継がれ、それらが組み合わさって、子供独自の遺伝子型になります。この遺伝子型によって、その人独自に表れる形質(見た目や性質、能力、行動などの特徴)が現れます。親とは遺伝子型が違うので、その子の形質が、親とまったく同じになるわけではありません。また、同じ両親から生まれたきょうだいでも、一卵性双生児を除き、兄は背が高く、弟は低いなど、異なる形質を持っているのもそのためです」
「鉄は熱いうちに打て」は、子育てでは通用しない
親と必ずしも似るわけではないにしても、知能も運動能力も性格までも、遺伝子型によってある程度決まってしまうとしたら、良いとされる教育を授け、子育てマニュアルを実践することに意味はないのだろうか。
「繰り返しになりますが、遺伝の影響は大きいものの、100%ではありません。親がその子にどう接するか、どういった環境で過ごすか、どんな体験をするかなど、環境も一定程度関係してきます。とくに乳幼児期から小学生くらいまでの子供は、親が与える環境の影響を受けやすいので、適切な子育てや教育を施すのは大切だと思います。
ただし、思春期以降は遺伝の影響が強くなります。自分に合った環境を自分で選べるようになると、もともと持っている素質が表れやすくなるためです。『鉄は熱いうちに打て』とばかりに幼少期に熱心に教育すれば、子供はその環境に合わせ、親の理想形に近づくかもしれません。けれど、時間がたつにつれ、本来の形に戻ってしまう。形質とは、いわば形状記憶合金のようなものだと考えると、わかりやすいのではないでしょうか」
たとえば、幼少期はおもちゃや本を“あるべき場所”にきちんと戻していた子供が、中学以降まったく片づけなくなってしまった場合。本人が生まれ持ったパーソナリティは「整理整頓が苦手/関心がない」のに、「習慣づけが大切」と考えた親が、毎日声をかけ、ときにいっしょに手を動かしたために整理整頓できていただけ……といったところだろう。であれば、散らかり放題の部屋で平然と過ごしている我が子に対して、「あのときもっと口うるさく言っておけば」とか「自分の教え方が悪かったのか」などと、自責の念に駆られる必要はない。「遺伝だから、仕方がない」と、おおらかに受け止めるのが賢明かもしれない。
もっとも、そう割り切れないものもある。まだまだ学歴が重視される日本社会を我が子がスムーズに渡っていくのに必要と思われる「学力」問題だ。次回は、遺伝と学力について、安藤氏に話を聞く。
安藤寿康 / Juko Ando
1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学名誉教授、教育学博士。日本における双生児法の第一人者で、専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。『生まれが9割の世界をどう生きるか』『教育は遺伝に勝てるか?など著書多数。

