モチベーションが上がらなくなり、自分の行動や存在が無意味だと感じてしまう──。中年危機が静かに忍び寄り、ある日突然、底なし沼がぱっくりと口を開ける。たちの悪いことに、ある程度の成功を収めた人がこの沼に引きずり込まれる傾向があるという。このピンチから脱出したタレントのつるの剛士は、40代半ばで始めた“学び”が好影響をもたらしたと話す。そこで得たものとはなんだったのだろうか。 #1 #2

SNSでの炎上が、新たな学びを後押しした
これまでの2回では、つるの剛士がミッドライフ・クライシスに悩まされたこと、身体を変えることと心理学からの学びで危機を脱出したことをお伝えした。最終回となる今回は、そもそもなぜ、中年になったつるのが学問の道に入ったのか、そこで何を得たのかを語ってもらう。
つるのは芸能生活25周年を迎えた2020年、45歳になる年に保育士・幼稚園教諭の資格を取るため短大に入学している。タレントとしての地位を確立していたこのタイミングで、なぜこのようなチャレンジをしたのだろうか。そう尋ねると、つるのは「僕らの仕事って、実体がないと思うんです」と切り出した。
「つるの剛士さんって何屋ですか、と聞かれたら、答えられないんです。僕は“職業つるの剛士”だと思ってやっているからよかったんですけれど、45歳になってふわっとした違和感が湧いてきました。ギターを持っているときはミュージシャン、絵を描いているときはイラストレーターかもしれないけれど、でも実体はよくわからない。自分の人生を振り返って、みなさんのなかにつるの剛士といえば家族と子育て、みたいなイメージがあるのだとすれば、やっぱり免許や資格を持って、専門的な知識を身につけておくべきだと思ったんです」
その後、Twitter(現X)でのつぶやきが、ちょっとした炎上騒ぎになったことも、短大入学を後押しした。
「最初、独学で資格を取ろうとしたら、僕は大学を出ていないから独学では資格が取れないことに気づいたんですね。それで、保育士不足だと言われているし、熱意のある方がいるならば少し門戸を開くのはどうかな、という気持ちを吐露したら、お前保育士をなめてるんじゃないよと炎上しました。僕も今となれば保育士になるのは大変なことだし、僕の発言に多くの方がキレた理由はよくわかります。でも当時は僕の悪い癖というか、だったらやってやるよ、短大で勉強して資格を取ってやるよ、という流れでした」
そして短大に入学した瞬間に、コロナ禍が世界を襲った。
「もう歌も歌えないし、ロケもできない。できることといえば勉強だけで、2年間、がっつり勉強しました。第5波と第6波の間に実習に行けたのがラッキーで、コロナが明けるのと同時に短大を卒業して資格を手に入れたんです。そのときに、調子こいてまだ行けるなと思ったんですね。もう少し子どものことが知りたくなって、系列の東京未来大学のこども心理学部に3年次編入で入学させてもらいました。そのタイミングで、いわゆるミッドライフ・クライシスにはまって、心理学の教科書に書いてあることが自分の身の上に起こりました。まさに心理学で言うところのシンクロニシティ(共時性)で、当時は大ピンチだと感じていましたが、今振り返ると人生を転換するチャンスだったんですね」
仕事と家庭があるなかで、大学生として学ぶことは、時間のやりくりなどが大変ではなかったのか、という質問には、「とにかく楽しかったんですよ」と即答した。
「僕はそれまでの人生でまともに勉強をしたことがなくて、カバンを背負って教科書を読みながら満員電車に揺られるというのは初めて経験する新しい世界だったんです。同級生とお昼を食べて、お弁当を褒めてもらったりお菓子をわけてもらったりしながら、昨日見たテレビの話とかをするわけですよ。ノートを借りたり、パソコンを貸したり、先生に質問したり……、統計学が難しくて大変でしたが、僕としては人生の新しいステージに入った気がして、時間のやりくりは大変だったけれど、毎日が充実していて、とにかく楽しかったんです」

1975年福岡県生まれ。高校時代より芸能活動をスタート、1997年に『ウルトラマンダイナ』の主役を演じ、注目を集める。俳優業のほかにラジオパーソナリティやレポーターなど活躍の場を広げ、2007年に『クイズ!ヘキサゴンII』でおバカタレントとして大ブレイク。同番組で生まれたユニット、羞恥心では圧倒的な歌唱力を披露、2009年にはカバーアルバム『つるのうた』でソロデビューを果たした。子煩悩のパパとしても知られ、子ども向けの楽曲を歌う『ちゅるのうた』シリーズや特撮ヒーロー番組の主題歌などを発表、子どもたちや子育て世代からも絶大なる支持を受ける。
前回、ミッドライフ・クライシスから脱出するための有効な方法としてつるのは「新しい世界にチャレンジすること」を挙げているけれど、自身がそれを実践していたのだ。
「もちろん心理学で学んだことは、心の平穏に役立っています。以前は人の話をまったく聞かないタイプだったけれど、いろいろな人がさまざまな心理状態でいることを知ると、相手のことをもっと知りたくなるし、自分にも他者にも寛大になります。心理学は奥が深くて面白いから学んでよかったと思うけれど、大学というまったく新しい世界に飛び込んだことも同じくらい僕にとって大事でした。心理学に限らず、大人になってから自分の知らなかった分野を勉強することには、大きな意味があると感じています」
中年の危機は、誰にでも起こりうる
ユングや河合隼雄の著書を読み漁るうちに、つるのはこの春、どうしても我慢できずにスイスのユングの生家を訪ねたという。
「子どもの頃からスイスに興味を持っていた長男と一緒に行ったんですが、拙い英語でユングの家はどこですか、って聞いて回っていたんですよ。そうしたら、クルマから降りてきたあの人がアパートのオーナーだよって教えてもらって、オーナーの方に日本から来たんですと伝えたら、よかったらユングの部屋を見ていく? ということになって。そんなこと、普通は起こらないですよね。まさにシンクロニシティなんですよ。さきほど、統計学が難しかったと言いましたけれど、やっぱり数字で証明する方向より、偶然の一致には意味があるというユングや河合隼雄先生の考え方のほうが僕には合っているようです」
スイスでのエピソードを語るつるのの表情は生き生きとしていて、ミッドライフ・クライシスをすっかり切り抜けたように思える。そう伝えると、つるのは凛とした表情でこう答えた。
「心理学的にも誰にだって起こりうることだから、中年の危機を悲観する必要はないと思います。自分の経験だと、むしろ生き方を見直して、次のステージに向かって切り替えるタイミングになりました。だから同じような危機を迎えた人に、ミッドライフ・クライシスおめでとう、と伝えたいです」
ミッドライフ・クライシスおめでとう、というのはなかなか言えるフレーズではない。けれども新しい世界に飛び込み、自身で学ぶことで危機を乗り越えたつるの剛士がこの言葉を口にすると、ずっしりとした重みがある。おそらく、同世代の多くの読者の心にも響くのではないだろうか。

