モチベーションが上がらなくなり、自分の行動や存在が無意味だと感じてしまう──。中年危機が静かに忍び寄り、ある日突然、底なしの沼がぱっくりと口を開ける。たちの悪いことに、ある程度の成功を収めた人がこの沼に引き込まれる傾向があるという。タレントのつるの剛士は、仕事も家庭も順調だった47歳を迎えたときに、心と身体に異変を感じた。【その他の記事はコチラ】

疲れが抜けず、元気が出ない日が続く
中年危機やミッドライフ・クライシスといった言葉を聞いたことがある方も多いだろう。あるいは自身にも心あたりがあったり、危機に陥った人が身近にいるという方も少なくないかもしれない。けれども、いつも元気でポジティブなつるの剛士が中年のクライシスの沼にはまったという事実は、多くの方を驚かせるに違いない。
タレントとしての仕事は順風満帆、5人の子どもをもうけた家庭も円満、ギターや将棋、サーフィンにモーターサイクルなど趣味も多彩で、申し分のない人生を送っているように思えるつるのが異変を感じたのは、47歳のときだったという。
「そう、忘れもしない47歳のときで、眠れなくなっちゃったんですよ。僕はもともと寝るのが好きじゃなくて、眠っている時間がもったいないと思うタイプだったんですね。睡眠時間はせいぜい4時間ぐらいで、寝ているよりもなにかやっていないと気が済まないというか。だから寝られなくなったときも、いつものことかと思っていたら、ちょっと様子が違ったんです。1時間寝たら目が覚めて、もう二度寝ができないみたいな」
1時間の睡眠だと当然のことながら翌日は眠く、そんな日々が続くと仕事のパフォーマンスも徐々に低下していく。この状況には、自身でも戸惑ったと話す。
「疲労が抜けない感じとか、ちょっと元気が出ないとか、そういう違和感を感じながら仕事に行く状態でした。それまで、自分は元気で前向きな人間でしたから、すごくびっくりしました。でも、誰かに相談するわけにもいかず、悶々とした気持ちで過ごしていたんです」
つるののこんな異変に気づいてくれたのは、妻だった。
「奥さんとお茶を飲んでいたときに、『つるちゃん、最近ベッドサイドのライトがいつも点いているみたいだけど寝てるの?』って言われて、いや最近寝られなくてさ、というところから話をしているうちに、なんだか涙がポロポロあふれてきて……。
さすがにこれはおかしいと自分自身でも思ったんですが、妻が一番びっくりしたみたいで、僕が仕事に出ている間に、懇意にしている漢方の先生に相談に行ってくれたんですよ。『つるちゃん、先生が軽い鬱かもしれないからと、こんな漢方薬を出してくれたよ』と妻が言って、先生からのメモを手渡してくれたんです。
メモは、心配しないでこの漢方薬を飲んでみてくださいという優しい文章で、それを読んでまた泣いてしまい……。先生の優しさもうれしかったし、妻への感謝の気持ちもあったんでしょうね、涙が止まりませんでした。 当時、僕はちょうど心理学を勉強していたんですが、教科書にはまさに僕と同じ症状が報告されていて、中年期危機とかミッドライフ・クライシスという言葉をそこで知ったんです」
ユングや河合隼雄の言葉に救われる
2020年に短大に入学して保育士・幼稚園教諭の資格を取得したつるのは卒業後、児童心理学を学ぶために4年生大学へ編入している。つるのの中年の危機は、大学に編入して心理学にふれるようになった、まさにそのタイミングで訪れたのだ。
「僕と同じような症状についてユングや河合隼雄先生が言及していて、自分の価値観で猪突猛進に生きてきた人が、ある程度の年齢になると自分のなかで抑圧していたものが噴き出してきて、葛藤にぶちあたるみたいなことが書いてあったんです。で、すごく救われたんですよ。これだ、すげぇと思って、それが心理学という学問にバーっと入るきっかけにもなったし、当時はすごく苦しかったけれど、ああいう人生の岐路に立ったからこそ次の道が開けたんだと、今になって思います」

1975年福岡県生まれ。高校時代より芸能活動をスタート、1997年に『ウルトラマンダイナ』の主役を演じ、注目を集める。俳優業のほかにラジオパーソナリティやレポーターなど活躍の場を広げ、2007年に『クイズ!ヘキサゴンII』でおバカタレントとして大ブレイク。同番組で生まれたユニット、羞恥心では圧倒的な歌唱力を披露、2009年にはカバーアルバム『つるのうた』でソロデビューを果たした。子煩悩のパパとしても知られ、子供向けの楽曲を歌う『ちゅるのうた』シリーズや特撮ヒーロー番組の主題歌などを発表、子どもたちや子育て世代からも絶大なる支持を受ける。
ミッドライフ・クライシスに心あたりがある読者にどんな本を薦めるかと尋ねると、「河合隼雄先生の『ユング心理学入門』や『中年危機』がわかりやすいと思います」と答えてから、こう続けた。
「仕事や家庭も順調で、財産や地位、家族などに問題がないどころか、むしろ恵まれている環境の人ほど何かが足りないと感じたり、理由がわからない漠然とした不安に襲われるといったことが書かれています。僕はそれを読んで、これは誰しも通る道なんだ、ということがわかりました。
それまでは元気に前向きでなければいけないとか、ネガティブな自分は駄目だと決めつけていて、それを無意識のうちに自分の潜在意識に押し込めていたんですね。でも無理をしなくてもいいんだと思えるようになって、人生観がガラッと変わりました」
では、こうしてメディアに出て自身の経験を話そうと思うのはなぜなのだろうか。
「こういうことってなかなか人に相談できないじゃないですか。家族には言えないし、職場では隠したい、同級生には強がりたい。僕の場合は、妻が気づいてくれてラッキーだったけれど、ある日、僕と同世代の仕事仲間が集まる席で、自分の経験を話したんです。そうしたら、俺もわかる、僕も思い当たるという声があがったんです。あぁ、みんなも同じなんだと思って、だったら自分の経験を伝えることには意味があるから、こういう場に出ようと決めたんです」
次回(2026年5月31日公開)は、つるの剛士がどのようにミッドライフ・クライシスの沼から脱出したのか、その具体的な方法を紹介する。

