伝統の歌舞伎界で今も舞台に立つ現役最高齢の名脇役・市川寿猿さんと、医学界の常識に囚われず闘い続ける医師・和田秀樹氏の対談記事をまとめてお届け! ※2025年10月掲載記事を再編。

1.95歳現役最高齢の歌舞伎役者・市川寿猿、元気の秘訣は“大きな声”

和田 初めまして。歌舞伎界最高齢、そんな方とお話しするのはさすがに緊張しますね(笑)。
寿猿 役者に年はないって言いますけどね(笑)。僕は3歳の時が初舞台ですから、もうずいぶん長いことやってますね。
和田 90年以上もお芝居をされているのだから、すごい。
寿猿 お客様にもね、知られているみたいですね。7月の歌舞伎座のセリフでも「じいさん、おめえいくつになった?」と聞かれるので「95になりました」とやったら大きな拍手が起きて。もうすっかり、化けの皮がはがれちゃった(笑)。だけど、ありがたいですよね。
和田 歴代の歌舞伎役者のなかでも最年長だそうですね。
寿猿 90過ぎと聞いて僕が思い出すのは、戦前戦後にかけて活躍した三代目・尾上多賀之丞(おのえたがのじょう)さん。とても元気で楽しい方でね。
和田 そうなんですね(笑)。
寿猿 自分では、年のことはそう感じませんね。
2.95歳・歌舞伎役者の元気の秘訣「歌舞伎座の3階席まで声が通る」

和田 寿猿さんの声の良さは、やはり長年の訓練の賜物ですよね。
寿猿 そうかもしれませんね。声の大事さを知ったのは『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』という芝居のときでした。一昨年亡くなられた旦那(三代目猿之助)が細川勝元を演じて、僕は外記の役でした。先生、このお芝居はご存じ?
和田 いえ、知りません。どんなお話ですか?
寿猿 伊達家のお家騒動の話です。乗っ取りを企む側と守る側がいましてね。旦那さんはそれを裁く名奉行・勝元の役。僕は伊達家を守る老臣の渡辺外記左衛門(げきざえもん)の役でした。普通はね、やらせてくれないんですよ。
和田 そうなんですね。
寿猿 でも勉強会(自主公演)でね、僕が外記を務めていたから、旦那が「寿猿がいい」と言ってくださって、本番でもやることになったの。
和田 抜擢されたんですね。
寿猿 はい。で、外記が短刀で腹を刺される場面があるんです。僕は手負いになった爺さんのつもりでセリフを言ったんですよ。
和田 なるほど。
寿猿 そうしたら旦那から注意をされた。「お客さんは爺さんが手負いで喋ってるのはわかっている。あんたがそれ以上を見せようと思うと、お客さんに声が聞こえない。声が聞こえなかったら、あんたがいくらうまくやってもダメなんだよ」と。「とにかくあんたは自分の声でやってちょうだい」と言われましてね。それで僕は、その通りやりました。すると知っている人がね「寿猿さん、3階まで声が通っていたわよ」と言ってくださった。
3.95歳・市川寿猿「失敗しても落ち込まない」落ち込むと免疫力も下がり、病気になりやすい

和田 寿猿さんが「失敗は成功のもと」と考えるのは、そういったいろいろな経験から来るんですね。
寿猿 僕は失敗しても、落ち込まずにやるようにしました。失敗しても、それ以上に考えてやればいいと思って。
和田 僕は精神科医なんですが、じつは、そういう考えは心の健康にもいいんです。心を病む人たちは、失敗をいつまでも引きずりがちです。だけど悩み続けても、心の具合はよくならないんです。それどころか、かえって悪くなります。
寿猿 僕は落ち込まないからいいんですね。
和田 そうです。落ち込むと、人間は免疫力も落ちますからね。
寿猿 免疫ですか?
和田 はい。免疫は、例えば、ウイルスが体に入って来たり、体の中に小さながん細胞ができたりすると、それを殺してくれようと働きます。心が元気だと免疫力は上がりますが、落ち込んでいると免疫力も落ちる。その結果、病気になりやすくなるんです。寿猿さんは、やっぱり免疫力が高いんでしょうね。
4.95歳・最高齢役者、元気の秘訣は肉、肌艶の理由はメンソレータム

和田 食事とかは?
寿猿 三度の食事を食べています。食べたくなくても食べるんです。
和田 いいですね。どんなに年を取っても、やっぱりたくさん食べる人は、元気で長生きなんです。
寿猿 ああ、やっぱり。旦那(三代目猿之助)は病気してから、あんまり食べられなくて痩せちゃいましてね。僕はそれを見てましたから「食事だけはしなくちゃいけない」と思って、食べるようになりました。
和田 何を召し上がるんですか?
寿猿 先だって病気をしてから、塩分、糖分は控えるようにいわれているので、それらをサポートしてくれるのは弁当です。朝食はね、僕は自分で用意するんですよ。キュウリのお新香なんかも自分で漬けていましたね。
和田 素晴らしいですね。どんなものが好きだったんですか。
寿猿 肉、野菜、魚、なんでも食べていましたね。
和田 いいですね。やっぱり高齢になると、摂らない害のほうが大きくなるんです。肉が好きな人は、年を取っても筋肉が落ちにくい。だから肉を食べる人は元気なんですよ。この連載に登場された方は、全員そろって「肉が好き」と言っています。
寿猿 そうなんですか。僕も肉は好きですよ(笑)。
和田 肉料理では何がお好きですか?
寿猿 本当は、たまにビフテキなんかも食べたいですよね(笑)。専門の人に聞いたらね、フライパンで焼くときは、あぶくが3つ4つプクップクッと出たらひっくり返すといいと教わりました。生の部分がちょこっと見えるほうがいいんですってね。
和田 そうです。そのほうが味もいいし、肉の大事なところまで死なないんです。
5.最高齢歌舞伎・市川寿猿、長生きの理由は「95歳になっても、満足しない。挑戦する」

寿猿 うちの高齢者用マンションに住んでる人はね、杖を突いて歩く人が多いんです。だけど杖を突くと、こんなふうな歩き方になるでしょ(足を引きずるような歩き方を実演)。
和田 そうですね。
寿猿 また舞台の話になるけどね、これだとダメなんですよ。どうしてかわかりますか?
和田 やっぱりお客さんに動きがある程度見えないと。
寿猿 そうなんです。舞台で歩くときはね、たとえ杖を突くとしてもね、こういうふうにオーバーに歩くの(足音を立てた歩き方を実演)。そうしないと舞台が死んじゃうんですよ。
和田 舞台映えする動きが大事なんですね。
寿猿 はい。僕は旦那からね、「あんた、シワを描いてれば誰でもおじいさんとかおばあさんに見えるんだから、それを本当にやったらダメだよ。お客はだれちゃうよ。間がこけるよ」って言われました。それから僕はオーバーにやっています。
和田 なるほど。その動きで舞台が映えるだけでなく、寿猿さん自身も元気でいられるのだから、一石二鳥ですね。
寿猿 とてもありがたいことにね、「寿猿さんの舞台を見ると元気が出ます」なんて声もかけられるんですよ。
6.95歳・最高齢役者、脳梗塞から2ヵ月で復帰できた理由

和田 寿猿さんは怒ることはないんですか?
寿猿 このごろはね、こらえます(笑)。怒られることもあまりなくなりましたね。
和田 (笑)。2024年に脳梗塞になり、そこから復帰されたそうですね。体調はどうですか?
寿猿 脳梗塞の後、リハビリの病院でね、お医者さんに「立ちくらみがする」って言ったんです。そうしたら「これは死ぬまで治りません」って(笑)。
和田 でも、だんだん気にならなくなりますから。
寿猿 そうですね。今もこうやって、普通に歩けますからね。だけど脳梗塞になったときは、どうなることかと思いました。朝起きたらね、ライトが大きく揺れているんです。あっ、これは変だと思い、すぐに知ってる人に連絡して、かかりつけの病院に連れて行ってもらいました。
和田 早いうちに診てもらったのがよかったですね。
寿猿 そこから入院してね。リハビリ病院の入院も含めると2ヵ月ほど帰れませんでした。
和田 でも今は舞台に立ってるわけだから。本当にすごい。
寿猿 舞台でね、沼津の平作という年寄りの役でね。杖を突いて歩くんですよ。こうやって(実演)。「あんたとが、お早いお加減……」って。
和田 おっ、いいですね。
寿猿 杖を突いて歩くとね、やっぱり楽なんです。だけど舞台ではね、杖を突きながらも、足音が立つくらいにオーバーに歩く。舞台でね、本当の年寄りみたいな歩き方をしたら、間がこけちゃってダメなんです。あ、さっきもこの話しましたね。
和田 (笑)。常にお芝居のことを考えているんですね。まさに役者一筋です。

