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2025.12.29

「ピース又吉は、昔は大声でギャグを言ってた」なぜ芸風を変化させたのか。芸人ポジショニングについて【桝本壮志対談⑤】

NSC(吉本総合芸能学院)で10年以上人気講師1位を獲得し続ける桝本壮志さんが、縁の深い芸人・クリエイターと語り合う本連載。25年以上の付き合いになるピース・又吉直樹さんを迎えた5回目。

桝本壮志と又吉直樹

「若手の企画が自分の分かるものだらけ」は危険な状態

又吉 桝本さんの本(『時間と自信を奪う人とは距離を置け』)を読んでハッとさせられることが沢山あったんですけど、その一つが「若い子のやる企画が自分が分かるものばかりになったら疑問を感じよう」という話で。

これは僕がいた頃のNSCの話なんですけど、講師にプロレスが好きな人がいて、「プロレスのネタをやればオーディションに受かる」と言われていたこともあったんです。お客さんにウケるネタを考えるのがシンプルなのに、そこで余計なことを経由せなあかんことが色々あって、「これ本当に意味あるのかな」と当時思っていました。現役で講師をしている桝本さんが、そういう生徒側の立場も理解してくださっているというのはデカいなと思います。

桝本 そう言われると照れくさいな。

又吉 僕も45になってるんで、「僕が見てきたカルチャーを話すとき、若者に合わしてもらってないか」と疑問を持たなあかん年齢になってきてるんだな、とも思いました。そういう意味で、「変えるところはやっぱり変えていかなあかん」と気づかせてくれる本でもありましたね。

桝本 ありがとう。その話に絡めていうと、まったん(又吉さん)のエッセイ集の『月と散文』には「中村虚無」という架空の後輩が出てきて、先輩のまったんが言ったことに疑問を呈してきますけど、僕もああいう風に生徒に正されることがよくあるんですよ。

又吉 でも、桝本さんは「今のこのやり方って合ってるかな」と自分に矛先を向けるじゃないですか。僕は『月と散文』で後輩について偉そうに評論して、理屈で詰められてボコボコにされてるんですけど、あれはそういう失敗をしないように書いた話なんです。なので桝本さんの本を読んで「後輩への接し方は改めて自分でチェックしたほうが良いな」と思いました。

僕も「先輩としてどう振る舞うべきか」は自分なりに考えてはきたんですけど、それを誰かに教わったりすることはなかったです。後輩たちと番組をやる時も、みんなが平等に自分の力を出せる環境を作ろうとしてきましたけど、僕はそれを自分の周りでしかできないんですよね。だからこそ、NSCで講師をしている桝本さんがそれを言葉にして、本の形で伝えてくれているのは意味があることだと思いました。

桝本さんのような「みんなが漠然としか考えてないことを言葉にできる人」は凄いなと思うし、僕は西野くん(キングコング・西野亮廣)にも同じような感情を持っています。西野くんも、みんなが漠然と思っていることを言葉にしてる人だし、それでちょっと叩かれてたりするじゃないですか。それを見て「言ってくれてありがとう」とも思うし、その反面で「西野くんずるいな」「自分は言わんでよかったな」と思ったりもしますね。

桝本 西野くんと又吉は同期の同級生ですからね。西野はNSC大阪校やけど同じ年に入学してるから。

又吉直樹
又吉直樹/Naoki Matayoshi
1980年大阪府寝屋川市生まれ。NSC東京校5期。前コンビでの活動を経て2003年に綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成。文筆業では2015年『火花』で第153回芥川賞受賞。近著にヨシタケ シンスケとの共著『本でした』など。2026年1月に新作小説を刊行予定。

桝本壮志は「ナメック星の最長老様」。潜在能力を引き出す指導論

桝本 今の僕はNSCの生徒にボケとかツッコミとかのお笑いを教えてないんですよ。それこそノンスタイルの石田くんとか笑い飯の哲夫くん、パンクブーブーの佐藤くんが講師にいるから、俺がお笑いについて話すようなことはなくて、思考戦略みたいなことを教えるようになりました。

又吉 その方々は漫才のスペシャリストで、「お笑いのネタをどう作るか」は全部分かってらっしゃるんですよね。でも「こうすれば面白くなる」みたいなメソッドに寄りかかった教え方は多分してないと思うし、「お笑いって究極は教えられるもんじゃないやろ」って僕は思ってるんです。

桝本 絶対そう思います。僕は座学はメッチャ嫌やし、「笑いはフォーマットじゃない」と思ってるから。

又吉 ちょっと『ドラゴンボール』の例えは古いかもしれないですけど、桝本さんがやってることって、ナメック星の最長老様みたいにその人の潜在能力を引き出して、なおかつ進むべき方向に導くことやと思っていて。量産型を作ろうとしているんじゃないんやろうな、と。

桝本 さすがの例えやなぁ。

又吉 一方で、M-1やキングオブコントのチャンピオンになった講師の人たちは、いま僕が話したようなことを考えたうえで、それでも何かを伝えようとしているんだと想像します。

桝本壮志
桝本壮志/Soushi Masumoto
1975年広島県生まれ。放送作家として多数の番組を担当。タレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)および、よしもとクリエイティブアカデミー(YCA)の講師。2連覇した令和ロマンをはじめ、多くの教え子をM-1決勝に輩出している。新著『時間と自信を奪う人とは距離を置く』が絶賛発売中! 桝本壮志へのお悩み相談はコチラまで。

バラエティでは「左サイドに張る」。サッカーから学んだ芸人のポジショニング論

桝本 NSCの授業でまったん(又吉)を例によく話すことがあるんですよ。それは「又吉は僕と昔にやっていた演劇では、大声でギャグを言ってたんだよ。彼は元々スポーツマンだし、大きな声を出せるんだけど、途中から『それは自分の笑いのスタンスじゃない』と思って出さなくなったんだと思う。だからみんなも自分のスタンスを大事にして、無理に周りに合わせないでいいからね」って話で。

たぶん、まったんも若くしてバナナマンとかおぎやはぎと一緒に番組に出たときに、「芸人として自分はどうあるべきか」を自分で考えて設計してきたんだと思うの。僕は、若い芸人のそういう自主性を大事にして信じてあげたいんだよね。

又吉 僕はサッカーをやってたんで、サッカーで色々なイメージを構築していくんですけど、いわゆるオールラウンドプレイヤーの芸人さんはセンターポジションの人なんです。僕もセンターポジションをやらされることはあるんですけど、結局はコミュニケーションが下手やし、自己中やってことでサイドに回るんです。それは「性格的にそうやな」と自分でも思ってます。

桝本 高校のときもポジションはサイド?

又吉 色んなポジションをやりましたけど、ウイングバックとかサイドが多かったですね。なのでバラエティ番組とかお笑いライブのトークでも、みんなが真ん中のボールをめぐってぶわーっと集まってるときに、「俺はここに入れるフィジカル持ってないな」と思って入らないんです。でも何かしらのスピードは持ってるんで、サイドに張って待ってるんです。

桝本 なるほどなぁ。

桝本壮志と又吉直樹

又吉 「又吉、なんかぼーっとしてんな」と思われるかもしれないですけど、ほんまはボーッとしてないんですよ。左サイドに張ってスペースを埋めてるし、ボールをもらったらゴール前まで絶対にいけるビジョンを、バラエティ番組でもお笑いライブでも常に持ってるんです。

桝本 そういうとこにサッカーマインドが活きてるんやな。

又吉 そうですね。たとえば二元論で話題が進行してるときも、何も思いつかないときはとりあえずセンターにポジションをとっておくけど、別の切り口を思いついたときは左サイドにポジションをガンと張って、黙ってMCを見つめるんです。

桝本 レフティ(利き足が左)だから左サイドなんやな。

又吉 本当は右利きなんですよ。でもマラドーナっていう選手を知って、「この人かっこいい!」と思ってから、「俺も左でしか蹴らんとこ」って決めて左利きに変えたんです。

桝本 このへんの頑固さが又吉っぽいんですよね。

又吉 でも、先輩にめちゃくちゃ怒られましたね。右のほうが上手く蹴れるのに左でばかり蹴っていて、ボールも変なとこに飛んでくから、「右で蹴れや!」って。でも僕は左で蹴るって決めてたんで、完全に無視してましたけど。

桝本 それでこの人、大阪選抜にも選ばれてるんですよ。そこからNSCに入って芥川賞って、やっぱりすごい人生やな。

又吉 サッカーやってた経験も、今に全部活かされてるなと思います。

※6回目に続く

TEXT=古澤誠一郎

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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