NSC(吉本総合芸能学院)で10年以上人気講師1位を獲得し続ける桝本壮志さんが、縁の深い芸人・クリエイターと語り合う本連載。25年以上の付き合いになるピース・又吉直樹さんを迎えた3回目。

所ジョージの金言「雑でもいいから一回やり切る」
桝本 大作家の先生に聞くのも恥ずかしいんだけど、僕の本(『時間と自信を奪う人とは距離を置け』)、読んでくれてどうだった?
又吉 すごくモチベーションが上がる言葉がいっぱいあって。僕世代のモノ作りをする人間にとっても有効な言葉がたくさんあったなと思いましたね。
桝本 ありがとうございます。
又吉 例えば「雑でもいいから一回やり切ってみる」みたいな話とか。
桝本 所ジョージさんの「雑でもいいから一度完成させろ」って話ね。
又吉 あれって割と大事なことで。分かってるはずなんですけど、ついつい細かいところにこだわりすぎて、仕事を終わらせられないことって多々あるんですよね。まず一度やりきっちゃって、そこから修正していけばいいのに。
桝本 いわゆるプロとアマチュアの差の正体は、「最後までやりきれること」であり、言葉遊びみたいな言い方をすると「完成」させる「感性」を身につけてることやと僕は思ってるの。ゴールテープを切りつづけて、その感覚を覚えているのがプロだということを、所さんから学んだんだよね。
昔は番組台本1本を書くにも、えらい立派なもんを書かなくちゃいけないと思って筆が止まりがちでね。でも所さんが「完成度は低くていいから、とりあえず作っちゃうんだよ」と言っているのを聞いて、「あ、そうか!」と思ってメモを取って。NSCで生徒たちに「ネタが書けないんです」と相談されたときも、この話はしてきました。

1975年広島県生まれ。放送作家として多数の番組を担当。タレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)および、よしもとクリエイティブアカデミー(YCA)の講師。2連覇した令和ロマンをはじめ、多くの教え子をM-1決勝に輩出している。新著『時間と自信を奪う人とは距離を置く』が絶賛発売中! 桝本壮志へのお悩み相談はコチラまで。
又吉 あとは「数を出す」っていうのも大事だなと思います。
桝本 分母を多くすることは、成功の下支えになるよね。
又吉 そうですよね。たとえば「1年かけてめちゃくちゃ面白いネタを1本だけ作ろうと頑張ったコンビ」と「毎月1本で年間12本のネタを作ったコンビ」がいたとして、12本作ったコンビがそのうちのベストのネタで勝負したら、たぶん12本のコンビが勝つと思うんですよね。
桝本 その話、めっちゃ分かります。
又吉 これって不思議なんですけど、桝本さんがおっしゃる通りで、「歴史に残る名作を作ろう」と思うと大振りになるし、設定がどんどん普遍的になっていくんですよね。それは必ずしも悪いことじゃないんですけど、それよりも日常で出てくるもののなかに、意外と面白いものがあると僕は思ってます。
桝本 それは思いますね。僕は所さんの言葉を紹介したコラムで「世田谷ベースに溢れているプラモデルや発明品、大ヒットはないけど1000を超える楽曲をはじめ、挑戦して完成させた作品の数は富士山級」と書いたんだけど、成功した人ってその試作回数の多さが違うんだよね。

「週6連載」の極限状態が育てた能力。五木寛之に背中を押された“即興”の執筆
桝本 まったんと前に飲んだときに、『人間』(2019年刊行の小説)の連載の締切が毎週のように迫っていた時期だったけど、「こういうペースで書いてみたかったんです」と言ってたよね。「近代文学の作家たちは連載で書いてたから」って。
又吉 そうですね。しかもあれは新聞の連載だから、週6日なんですよ。日曜日だけ休みなんです。
桝本 新聞だからほぼ毎日か! 勘違いしてた。
又吉 ほとんどの現代の作家さんは最初に全部書いちゃって、直しながら出していくらしいんです。「ストックが1ヶ月を切らないようにしたほうがいいよ」と言ってくださる方もいました。でも五木寛之さんにお会いしたら、「それじゃ書き下ろしと同じだから意味ないよ。読者の反応を見ながら、そのときの空気で即興で書いていくことに連載の意味がある」と仰っていて。それを僕は真に受けて、「今日の夕方までに原稿を送らなければ5日後の連載は空白になります」みたいな状況を何度もくぐり抜けてきました。
桝本 すごいな!
又吉 作家の人たちに話すと信じてもらえないんですけど、すごくスリルがありましたね。
桝本 さっきの話でいうと、もう毎日ゴールテープを切っていくしかないんだよね。
又吉 そうなんですよ。
桝本 才能ってそこで育つものだと思ってて。若手芸人とか若いビジネスパーソンの人には、「ある程度の手応えがあるものじゃないと世に出さない」という人が多いけど、「締め切りが人を育てる」というのは間違いなくあると思います。
又吉 ありますね。あと連載って、前日の自分の書いた原稿を読み返した時に「昨日の俺、何いらんことしてんねん!」って思う時があるんですよ。その日を面白くするために書いたものが、「これをただのトピックで終わらさずに、小説のその軸の部分に接続させていくか」ってお題になっていくっていう。
桝本 まったんの本を『第2図書係補佐』(2011年)の頃からずっと読んできたけど、又吉直樹という文筆家のそこのスキルは、そういう経験もしたことで確実に上がってるよね。
又吉 上がりました。『人間』を経験したことで、その後の締め切りが全然怖くなくなっちゃいましたね。それは一長一短やと思いますけど。

1980年大阪府寝屋川市生まれ。NSC東京校5期。前コンビでの活動を経て2003年に綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成。文筆業では2015年『火花』で第153回芥川賞受賞。近著にヨシタケ シンスケとの共著『本でした』など。2026年1月に新作小説を刊行予定。
芸人と作家はトラブルを「もらいにいく」
桝本 太宰治に関する昔の番組で、まったんが「芸人は自分からトラブルをもらいに行くこともある」みたいなことを言ってたのも印象に残ってて。まったんはエッセイも長く書き続けるけど、「文章につながるような日々の過ごし方」をリズムとして作ってきたんじゃないかな、って。
又吉 それはありますね。例えばバーで1人でお酒を飲んでて、そこのマスターがめちゃくちゃ怖かったり、すごい嫌な人やったりするとき、普通やったら店を変えると思うんですよ。でも作家と芸人はもう一杯飲むと思うんですよね。
桝本 わかる。
又吉 「この後どうなんねやろ」って期待しちゃうというか。
桝本 まったんは、そういう面白い話も書いてたよね。古本屋に置いてあった冊子で、まったんが高知をテーマに上林暁(高知出身の昭和の私小説家)の話をしているのを読んだんだけど、その話が衝撃的で。
又吉 夏葉社という一人出版社の島田さんとの対談ですね。
桝本 そうだったかも! その出版社の方は、自分が作った本をまったんに渡したくて、下北沢の『古書ビビビ』の店主に「もし又吉さんが来ることがあったら、これを渡してください」って本を預けてたんだよね。そしたら3日後にまったんが本当にお店に来たっていう。
又吉 そうなんですよ。夏葉社の島田さんは、昔大森にあった古本屋の店主さんのエッセイ集『昔日の客』を復刊した方なんです。タイトルになった『昔日の客』というエッセイは、その古本屋によく来ていたお客さんが、芥川賞を取ったあとに挨拶に来るという話で。
僕はそれを書店で手に取って、「めっちゃ面白いし、復刊した人の本に対する愛情も感じるし、素晴らしい本やな」と思って、夏葉社のことを好きになっていました。それで夏葉社が出した上林暁の本を買おうと『古書ビビビ』のレジに持っていったときに、「島田さんから渡すように言われてるんで、お代は結構です」と言われて。
桝本 『昔日の客』みたいな話が実際に起きたんやね! まったんの「トラブルを迎えに行く」って芸人の魂は、文豪・又吉直樹のなかにも生きてるんだと思うよ。
又吉 何年か前の誕生日に会津若松でロケしてたときにも、そういう出来事がありました。ホテルに1人で泊まったんですけど、途中で目が覚めたときに「もうすぐ誕生日を迎えるけど、1人でホテルでこのまま寝て過ごしていいのか」と思って、そのとき持っていた『人間失格』の文庫本を手に、バーで飲んでみることにしたんです。
で、入ったお店で1人でお酒をいただいて。お店の方も「又吉さんですか? よく来てくれましたね」と歓迎してくれて、「誕生日とは言ってないけど、なんかお祝いしてもらったみたいな感覚やな」と思うくらい楽しく飲ませてもらったんです。で、僕が「ごちそうさまでした」と挨拶してドアを開けたら、タクシーが1台止まってて。僕を見た運転手さんが、後部座席のドアを開けてくれたんです。それで「タクシーまで呼んでくださるんや。すごいお店やな」と思って、後部座席に乗ってドア閉めたら、お店の人が出てきて。「あ、お土産もくれるんかな?」と思ったら、「それ、又吉さんのタクシーじゃないです」って。
桝本 それは恥ずかしい(笑)。
又吉 太宰って恥を笑いに転化するのがすごい上手い作家やと思うんですけど、「これ、太宰の短編でそのまんま書けるな」と思いました。『人間失格』を持ってバーに行ったおかげで、太宰が俺にくれたプレゼントの話やと思ったんです。だから「何か面白いことを起こそう」とまで意図しなくても、「お店に行ってみよう」と思ったことが大事やったというか。こういう出来事は多々ありますね。
※3回目に続く

