参議院選挙落選から3か月、岸博幸は「選挙に出て本当に良かった」と晴れやかな笑顔で語る。その真意とは?[後編]

1962年東京都生まれ。1986年に一橋大学を卒業し、通商産業省(現経済産業省)に入省。小泉内閣で竹中平蔵大臣の秘書官等を務めた後、2006年に経産省を退官。現在は慶應義塾大学大学院教授や企業・団体の社外取締役等を務める傍ら、メディアでも活躍。2023年夏、多発性骨髄腫罹患を公表。2024年春、“人生の期限”を意識したことで変わった人生観、仕事観などを綴った『余命10年』を上梓。
街頭演説は貧血と闘いながら
余命10年と告げられた時、僕は、「これから先はもっと有意義に時間を使おう」と決心した。仕事やプライベートをより充実させるのもさることながら、僕の胸の内にたぎったのは、政治への怒りと日本をどうにかしないといけないという焦燥感。それが、今回の出馬につながったわけだが、残念ながら、国会議員という立場で目的を果たすことはできなくなってしまった。予想以上に自民党に逆風が吹いていたのもあるが、僕自身の力が足りなかったのだろう。
選挙期間中は街頭演説にも立ったが、血液のガンを患っている身にとって、炎天下で長時間立ったままというのは、正直しんどかった。何度か貧血を起こして倒れそうになり、知り合いの医者に酸素吸入をお願いしたこともある。実際、選挙後の診察では、血液の数値が悪化していた。8月は仕事をセーブせざるを得ないくらい体がまいっていたし、実を言うと、まだ本調子に戻っていない。
こんな風に体をいじめることにはなったけれど、出馬したことは1ミリも後悔していない。むしろ、選挙に出て本当に良かったと心から思っている。なぜなら、出馬を機に仕事をいったんリセットし、時間の使い方を見直すことができたからだ。
「タレントが死んだ」と言われたくない
病気が発覚した時、生き方を変えると断言していたにもかかわらず、現実はそうはいかなかった。治療入院のためにテレビのレギュラー番組を休んだり、講演の仕事をセーブしたりしものの、退院後、それらの仕事をあっさりと再開してしまったのだ。
番組共演者やスタッフが「待っている」と言ってくださったのが嬉しかったし、講演主催者の熱心な依頼に応えたい気持ちもあった。生来の貧乏性ゆえに、スケジュールが埋まっている方が安心できたというのもある。我ながら、案外義理堅いというか、これまでの関係性をすっぱり切ることができないタイプなのだろう。
財務省時代を含め政策に長らく携わってきたし、今も政策の人間と自負している。でも、民間人となり、メディアの露出が増えたことで、僕のことをタレントだと思っている人も少なくない気がする。このままでは、余命が尽きた時に、世間からは「タレントが死んだ」と認識されてしまうのではないか。それは、僕の本意ではない。最期は、政策の人間として終わりたい。選挙は、その方向に舵を取る良いきっかけになったのだ。
出馬を機に、テレビや講演の仕事からはいったん離れた。今は、どちらも最小限に抑えているので、スケジュールにだいぶ余裕ができ、本当にやりたかったことに時間を使っている。9月半ばは、アメリカのサウスカロライナ州のチャールストンに1週間行ってきた。
目的は2つあって、ひとつは、お目当てのバンドのコンサートが開かれていたから。もうひとつは、小さな都市にもかかわらず、チャールストンが12年連続で住みたい街ナンバー1に選ばれているからだ。
地方再生をライフワークに掲げている僕としては、その理由をぜひとも知りたかった。実際現地に赴いたことで、いろんなことを実感できたし、勉強になった。こういうインプットの作業はこれからもどんどんしていきたいし、それを政策などにアウトプットしていこうと思っている。
地方再生に向けた新プロジェクトを準備
チャールストンのケースもそうだが、アメリカやヨーロッパといった先進国は、主要都市だけでなく、地方都市が元気。フランスはその典型で、パリだけでなく、マルセイユやリヨン、ニースにストラスブールと、地方都市が栄えていて、端的に言えば裕福なのだ。裏を返せば、地方都市が裕福な国こそ先進国ということ。富も人口も都市集中で、地方が衰退する一方の日本は、先進国とは言えないと思う。
地方が抱える大きな問題は人口の流出、若者が外に出て行ってしまうことだ。若者にとって、地方は退屈で、将来性が感じられない場所なのだろう。解決するには、若者が地元で頑張り続けられる仕組みをつくることが不可欠。まだ明らかにはできないけれど、実は、その仕組みはすでに思いついていて、今具体的に進めるべく準備をしているところだ。
教鞭をとっている慶應義塾大学院のゼミを中心に、熊本県や佐賀県、長崎県の平戸などの活性化に取り組んでいるが、選挙前は忙しくて、学生に任せていた部分が大きかった。でも、今後はこの取り組みにもっと時間をかけ、実績を上げたいと考えている。もちろん、自民党の改革に関しても積極的にコミットしていくつもりだ。
―――落選という結果を、ネガティブなものではなくポジティブなものへと転換し、新たなスタートをきった岸氏。難病と対峙しながらも、自身の使命に真摯に取り組んでいる岸氏の動向にこれからも注目したい。