2023年1月に多発性骨髄腫罹患が判明した岸博幸氏。その時、主治医に告げられた“余命10年”から2年あまりが過ぎた今、どんな生活を送り、何を思うのか。

月1回通院し、毎日9種類の薬を服用
病気がわかってから2年、現在主に行っている治療は、月に1回病院で注射と点滴を受けることと、薬の服用だ。薬は朝5種類、夜4種類が基本だが、週1回、金曜日の夜はかなり強い薬を1種類追加で飲まないといけない。血液の数値はかなり良くなっているので、主治医からは、この治療法を当分続けると言われているけれど、薬の副作用なのか、けっこうしんどい時も多い。
ずっとというわけではないものの、身体がだるくて、起き上がれなかったり、長時間のミーティングが辛かったりという感じだ。運動も、本来なら週2回は走ったり、筋トレしたりしたいけれど、体調の関係で、なかなか実行できない。疲れを押して走った時に股関節に痛みが出たから、やはり無理は禁物なのだろう。
そんな状態を2年ほど続けてきたから、最近は、自分の体調との付き合い方がだいぶわかってきた。しんどい時は無理をせず、休養をとって休む。僕は相当な仕事人間だったけれど、そう割り切れるようになったのだ。病気になる前は平均4、5時間だった睡眠時間も、今は6、7時間とるようにしているし(そうしないと体が辛い)、東京での仕事に疲れたら、ひとりで長野の別荘に出かけることもある。
暖炉の火を眺めながら、酒を飲みながらボーッと過ごすだけだけど、その時間がとても心地よい。もっとも酒は2杯が限度。以前に比べたら、我ながら随分飲めなくなったものだ。タバコも、昨年末、体調を崩してからは1日にせいぜい5本程度に減ってしまった。この状況に、家族は「これなら禁煙できるのでは?」と言うけれど、それだけは絶対ありえない。
最近は、コーヒーの自家焙煎にもハマっている。コーヒーはもともと健康飲料だが、焙煎して数日で酸化が始まり、そうなるとたくさん飲むのは身体によくないらしい。だから、生の豆を買い、自分で焙煎することにした。便利な世の中で、今は手軽に焙煎できる専用キットが売られているので、それを使っている。
自分の好みの深さに焙煎した豆をミルで挽き、ゆっくりと淹れたコーヒーは、驚くほどうまい。それに、この一連の作業を行う時間が、実に豊かなのだ。常に突っ走ってきた自分が、こんなにもゆったりした時間の過ごし方をするなんて、我ながら意外だが、これも病気になった功名かもしれない。

多発性骨髄腫になって、やめたこと・始めたこと。』
¥1,760/幻冬舎
余命10年と告げられた岸博幸が、治療や入院中の様子をリアルに綴る一方、日本が抱える問題の元凶を分析し、改善策を提案。リタイア世代や子育て中の親世代、若い世代に向けたメッセージも収録。
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「誰と過ごすかが大事」だと教えられた一年だった
思い通りに体を動かせない時間が長くなってきたことで、自分に与えられている時間は有限なのだということを、改めて思い知らされた。そうなると、余命を告げられた時に心に決めた、「残りの人生は自分の好き勝手をやろう」という気持ちが、以前に増して強くなってきた。
この1年は、プライベートで、かなりそれを実行してきたと思う。好きなバンドのコンサートを観にアメリカに出かけたり、大好きな格闘技を観戦したり。家族も、「寿命が短いんだから、しょうがないか」と思っているのか、こうした僕の“好き勝手”を受け入れてくれている。
食事にしても、“身体にいいもの”より“自分が食べたいもの”が優先。息子を連れて、行きたかった飲食店巡りもしているけれど、これがけっこう楽しい。有無を言わさず連れ出しているから、息子自身は迷惑に感じているかもしれない。でも、中学生という難しい時期にも関わらず、文句を言わずに付き合ってくれているのだから、彼なりに思う所はあるのだろう。

1962年東京都生まれ。1986年に一橋大学を卒業し、通商産業省(現・経済産業省)に入省。小泉内閣で竹中平蔵大臣の秘書官等を務めた後、2006年に経産省を退官。現在は慶應義塾大学大学院教授や企業・団体の社外取締役等を務める傍ら、メディアでも活躍。2023年夏、多発性骨髄腫罹患を公表。2024年春、“人生の期限”を意識したことで変わった人生観、仕事観などを綴った『余命10年』を上梓。
妻や娘も含め、家族と家で食事をする機会も格段に増えた。食事をしながら、「学校どうだ?」なんて他愛のない会話をするだけだけど、その時間が思った以上に心地よい。以前は仕事中心の生活で、家族と過ごす時間が少なかったせいもあるのだろう。こうした時間が持てるようになったのは、病気のおかげかなと思う。
と同時に実感したのは、「どこで何を食べるかより、誰と食べるか」が大事だということ。気の合う人は別にしても、仕事がらみの”お付き合い“で、高級店で豪華な食事をするよりも、息子とラーメンをすすったり、家族で家庭料理を食べたりするほうが、よほどおいしいのだ。息子や家族に限らず、仲の良い友達とか教え子など、誰と過ごすかが大事。それを、改めて学んだ1年だった。
次回は、仕事感の変化について。