30万部を記録した『80歳の壁』はじめ、多くのベストセラーを手がける高齢者専門の精神科医・和田秀樹氏が“心の若がえり”を指南。世間一般には、コレステロール値が高いことはデメリットとされるが、ある年齢になると「足りない害によって健康寿命が縮みやすくなる」と和田氏は語る。『65歳から始める 和田式 心の若がえり』の一部を再編集してお届けする。【和田秀樹氏の記事】
65歳以上は数値を下げると健康に害を及ぼす
欧米では、健康診断を医療政策として採用していません。
健診とそれによる早期発見・治療の有効性には、エビデンスがないからです。反対に、「健診に有効性はない」というエビデンスは存在します。
フィンランドで実施された、有名な比較試験があります。
高血圧、高コレステロール、高血糖、肥満、喫煙などのリスクが1つ以上あり、生活習慣病と診断された1200人を対象に、15年間の追跡調査が行われました。
この調査では、対象者を2つのグループに分け、一つは健診も医師の指示もない「放置群」、もう一つは定期的に健診を行い、医師が指示を出す「医療介入群」としました。
その結果、15年後に放置群で亡くなった人は46人、これに対して医療介入群は67人でした。毎年、健診を真面目に受け、医師の指示に従って生活していた人のほうが、死亡数が多かったのです。
健診によって異常値を示した項目があると、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、肥満症などの病名がつきます。
病名がつけば、本人に自覚症状がなく健康的に暮らしていても、治療の対象になります。「数値が高いですね。正常値まで下げましょう」と薬が処方され、適正体重まで減量を求められたり、塩辛いものやお酒、タバコも控えるよう指導されたりします。
このように、医療が介入して、余剰分を取り除いていくことを「引き算医療」と私は呼んでいます。引き算医療は、一見、健康維持に必要なことのように思えます。ところが、65歳を過ぎたら、引き算医療は害になることが多いのです。
とくに薬の使用には注意が必要です。若い頃と比べて、肝臓や腎臓の機能が落ちているぶん、薬が体内で作用する時間が長くなります。薬を毎日飲み続けることで、頭がボーッとしたり、だるくなったりするなどの不調が起こりやすくなるのです。
がん予防にもコレステロールは欠かせない
たとえば、一般的な医療では、コレステロールは動脈硬化を引き起こすため、薬でコレステロール値を下げる引き算医療が行われます。コレステロール値が高いという「余る害」が問題視されるからです。
しかし、コレステロールは細胞膜やホルモンをつくる重要な材料です。不足すれば、細胞分裂の際にミスコピーが起こりやすくなり、免疫機能の低下やがん細胞の発生リスクが高まります。つまり、「足りない害」によって、健康寿命が縮みやすいのです。
体の老化が進行する高年者の場合、「余る害」と「足りない害」では、「足りない害」のほうがはるかに大きくなります。
なのになぜ、一般的な医師は薬を使ってコレステロール値を下げようとするのでしょうか。それは、10年後、20年後の心筋梗塞や脳卒中(のうそっちゅう)の発症を避けるためです。
しかし、どんなに注意していても、動脈硬化は加齢とともに少なからず起こります。私が浴風会病院にて年間約100例の病理解剖を見てきたなかで、80歳を過ぎて動脈硬化が進んでいない人は、ただの一人もいませんでした。
それなのに、10年後、20年後の未来のために、コレステロール値を下げる引き算医療によって体調が悪化し、日常生活に制限が生じてしまうとしたら、その医療になんの意味があるのでしょうか。
そもそも、日本人の場合、2020年に急性心筋梗塞で亡くなった人は、年間およそ3万人でした。一方、がんで亡くなった人は、およそ37万8000人。日本人はがんで死ぬ人が、心筋梗塞で亡くなる人よりも10倍以上も多いのです。
心筋梗塞は心臓ドックで予防できますが、がん検診でがんは防げません。がん予防にはコレステロールが必要です。
65歳を過ぎた人は、心臓ドックを受けておけば、コレステロール値を薬で下げる必要性はない、というのが私の考えです。
※続く