30万部を記録した『80歳の壁』はじめ、多くのベストセラーを手がける高齢者専門の精神科医・和田秀樹氏が“心の若返り”を指南。「神経のダメージにつながり、放置している人ほど認知症になりやすい」という老人性うつの怖さとは。『65歳から始める 和田式 心の若がえり』の一部を再編集してお届けする。【和田秀樹氏の記事】
「この歳だからしかたない」の裏にうつが潜む
私は、これまでにたくさんの高年者の患者さんを診てきて、強く感じていることがあります。
それは、晩年のうつは「人生の悲劇」だ、ということです。
たとえば、風邪を引いて高熱を出したときのことを思い出してください。
体がだるくて起き上がるのもつらいし、何を食べてもおいしくなく、ご飯を食べる気力も湧きません。
老人性うつの場合、そうした症状が、平熱の状態で常に起こります。
風邪ならば、3日もすれば症状が軽くなっていくでしょう。ところが、老人性うつになると、適切な治療を受けない限り、つらい状態が死ぬまで続いてしまうのです。
しかし、「いつもより元気がない」「意欲が落ちている」「食が細くなった」「眠れない」などの症状は、老化現象と勘違いされます。そのために、「歳だからしかたがない」と放置されやすいのです。
そんな「この年齢だから、当たり前」と見なされている状態の裏に、うつが潜んでいたという患者さんを、私は数え切れないほど診てきました。
老人性うつは、自殺と非常に結びつきやすいという問題があります。高年者のうつは思い詰めてしまって、比較的簡単に死の選択に至りやすいのです。
私にはとても苦い経験があります。今から30年以上も前のことです。
心気症(しんきしょう)のある70代後半の女性が、当時私が勤めていた老年専門病院の浴風会病院に入院してきました。心気症とは、自身が何かしら重篤(じゅうとく)な病気を患っていると思い込み、強い不安が生じる精神疾患です。
その女性は、「体中の具合が悪い」と訴えて、ナースコールばかり押します。しかし、私がカウンセリングを丁寧(ていねい)に行うことで具合はよくなり、やがて退院していきました。
女性はその後、診察に来なくなりました。どうしたものかと心配していると、「おなかが痛い」と救急搬送されてきました。そこで私は、「またカウンセリングをしていきましょうね」と声をかけました。
ところが、その日、病棟で首を吊って自殺してしまったのです。
標準的な精神科医でさえ2年に一人くらいの頻度で患者さんの自殺を経験するなか、私の患者さんで自殺されたのはその女性、ただ一人だけです。
心気症の裏にも、うつ病が隠れているケースがある――。己の未熟さを思い知ったあの出来事が、老人性うつと向き合う私の医師としての姿勢を変えたのでした。
「うつ病はメンタルが弱いからなる」は大誤解
「これほど患者さんが多いのに、こんなにも社会から注目されていない病気があるのか」というのが、老人性うつの治療に携わる者としての率直な意見です。
日本人は海外と比べて、精神科治療に抵抗を感じる人が多く、とくに高年者はそれが顕著です。
「自分はうつなんかじゃない」「精神科のお世話になんかなりたくない」「恥ずかしい」と反発する人が珍しくありません。
うつ病は「気持ちや心が弱いからなる」と思い込んでいる人がいますが、これはまったくの偏見です。心に強いも弱いもありません。
セロトニンの分泌量低下と前頭葉の老化が進む65歳以上の人には、誰もが発症のリスクがあります。超高齢社会を生きる私たちの生物学的な「宿命」ともいえるでしょう。
老人性うつの主な症状は、「物忘れが多い」「病気ではないのに体がだるい」「食欲がない」「夜中に目覚めて眠れなくなる」「強い抑うつ感や不安感」「思考力や集中力の低下」「意欲・興味の喪失」「体重の急激な増減」「自殺願望」などが挙げられます。
こうした症状が見られたら、ためらうことなく精神科を受診してください。薬を適切に服用することを考えるのも、大切な心の老い支度です。
※続く