30万部を記録した『80歳の壁』はじめ、多くのベストセラーを手がける高齢者専門の精神科医・和田秀樹氏が“心の若がえり”を指南。一般的に躊躇いがちな抗うつ剤だが、65歳以上の心身の不調の手助けとしては有効だという。『65歳から始める 和田式 心の若がえり』の一部を再編集してお届けする。【和田秀樹氏の記事】
セロトニンを足す薬が高年者の不調に有効
60代のうちは、老いの兆しはあるものの、知力にも体力にも余裕があります。
加齢とともに不足していくものをプラスする「足し算健康術」を実践していくと、心も体もますますシャキッと元気になっていきます。
とくに足したいのが、「幸せホルモン」とも呼ばれる神経伝達物質・セロトニンです。
セロトニンは60代になると著しく減る傾向があり、心の不調だけでなく、体の不調が現れやすくなります。その心身の不調の裏には、老人性うつが多く見られます。
たとえば、食欲がなくなる、もしくは過食になるといった食欲の異常は、老人性うつの特徴的な症状の一つです。夜中に目覚めてしまい、そのあとに寝つけなくなるような睡眠障害も、老人性うつでよく見られる症状です。
ほかにも、便秘や下痢、頭痛、腰痛、動悸など、セロトニンの不足は、体の不調として現れる場合が多く見られます。
そこで、セロトニンを足す薬を飲むことで、今ある不調が軽くなる可能性は高いと考えられます。気分が優れない、悪いことばかり考えてしまうなどの場合も、神経のつなぎ目にセロトニンを増やす薬を飲むことで、改善が期待できるでしょう。
65歳以上の人の場合、心身の不調を感じていることがあれば、セロトニンを足す薬を試してみる価値はあると思います。そのうえで、症状が改善して自分が楽になるならば飲み続ければよいでしょう。何も変わらない、かえって困ったことが起こってきた、という場合には、すぐにやめればよいのです。
脳内のセロトニンを足すために使われる薬が、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)です。神経のつなぎ目に放出されたセロトニンが再び神経終末に取り込まれることが減るため、脳内のセロトニン濃度を高める作用があります。
私も、高年の患者さんにSSRIをよく処方します。老人性うつに、この抗うつ剤は比較的よく効くためです。実際、服用を始めると、不安感情に振り回されなくなり、人生を明るく前向きに捉えられるようになる人が少なくありません。
当然、副作用はあります。若年層の場合、自殺のリスクが高まったり、攻撃性が強くなったりすることがあるため、使用には注意が必要な薬です。
一方、もともとセロトニンが少ない高年者には、この手の副作用は、まず起こりません。ただし、人によっては、吐き気や下痢を引き起こすことがあります。私の場合、高年者の体は薬が効きやすくなっているぶん、投与量を減らして処方しています。
意欲が高まる新薬も登場している
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)と呼ばれる、新しい世代の抗うつ剤も登場しています。SSRIがセロトニンの濃度だけを高める働きをするのに対して、SNRIはセロトニンとノルアドレナリン、両方の濃度を高めます。
ノルアドレナリンは、意欲や気力、積極性にかかわる物質です。このため、SNRIはSSRIの作用に加えて、意欲を高める効果が期待できます。
SSRIは肝臓の代謝に影響を与えてしまうため、ほかの薬を飲んでいると体内での濃度が下がりにくくなり、注意が必要です。一方、SNRIは比較的安心して、ほかの薬と併用できます。
ただし、尿閉(にょうへい/排尿できなくなること)や頭痛のほか、脈が速くなったり血圧が上がったりする副作用があります。この点には注意が必要です。
NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)という、まったく新しい仕組みでセロトニンとノルアドレナリンを増やす薬も登場しています。
この薬は、効果が現れるまでの時間が短く、吐き気や下痢などの副作用も出にくいというメリットがあります。わりと眠気が強く現れやすいのですが、そのぶん、就寝前に服用すると、ぐっすり眠れるようになります。
気になる人は、精神科に相談してください。
※続く