HEALTH

2023.08.19

老後が不幸な富裕層、落とし穴は「参照点の置き方」にあり【精神科医 和田秀樹】

30万部を記録した『80歳の壁』はじめ、多くのベストセラーを手がける高齢者専門の精神科医・和田秀樹氏が“心の若返り”を指南。今回は、老後の幸せ・不幸せに密接に関わる「金持ちパラドックス」について。『65歳から始める 和田式 心の若がえり』の一部を再編集してお届けする。【和田秀樹氏の記事】

Unsplash/Beth Macdonald ※写真はイメージ

お金に囚われすぎると不幸な思考を招く

お金がもっとあれば、幸せなのに……。

そんなふうに思っている人は多いことでしょう。しかし、私は、たくさんの高年者と向き合うなかで、「お金があるがゆえの不幸」があることを知りました。

高年者にもときどき、こんな人がいます。

高級老人ホームに入居し、設備や調度品も立派な個室に住んでいるのに、いつも不機嫌そうにしています。1日3回、栄養バランスの整ったおいしい食事が、何もいわずとも出てくるにもかかわらず、「おいしい」と顔をほころばせることはありません。

彼は会社の社長でした。老後の資金は潤沢にあります。ですが、先述の参照点が社長だった頃の自分にあります。

現役時代には、社員が自分にひれ伏していたのに、今や自分を慕って会いに来る人はいません。参照点が高いぶん、「あんなに可愛がってやったのに、裏切りやがって」と人に対して不満を持ちやすくなっています。

老人ホームのスタッフはよく教育されていて、素晴らしい仕事をします。でも、どんなに親切にしてくれても、自分にひれ伏すことはありません。こうなると、「ここのスタッフはなっていない。オレは大金を払っているんだぞ!」と怒りが湧いてきます。

食事も同じです。現役時代に、料亭や高級レストランで豪勢な食事をしてきたのだとしたら、ホームの1食5000円の食事も、みすぼらしく感じてしまいます。

つまり、どんなにお金があったところで、いや、お金があるからこそ、参照点も高くなりやすく、自らを不幸にしやすい思考を持つ人たちは、珍しくないのです。

和田秀樹
和田秀樹/Hideki Wada
1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として、35年近くにわたって高齢者医療の現場に携わっている。『80歳の壁』『ぼけの壁』(ともに幻冬舎新書)、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)など著書多数。新刊に『65歳から始める 和田式 心の若がえり』(幻冬舎)。

反対に、「お金がないがゆえの幸せ」もあります。

若い頃から、家族のため、会社のため、と身を粉にして働いてきたけれども、貯金はまるでない、という人がいます。

年金だけでは足りないので、生活保護を受けて特別養護老人ホームに入居している人もいます。こうした人は、世間からは不幸に見えるかもしれません。

しかし、本人は違う見方をしているかもしれないのです。

毎日、おかずが3品もある食事をなんの苦労もなく食べられて、スタッフもまめに世話をして優しく声をかけてくれる。このことに、「この歳になって、こんなによくしてもらって、私はなんて幸せなのだろう」と思うこともできるのです。

昨日までの生き方を、今日、ひっくり返してみよう

多くの人は、「老後の資金は足りるだろうか」と不安を抱えています。
人間、お金さえあればなんでも手に入る。引退後も貯金がたっぷりあればあるほど、悠々自適な老後を暮らせる……。そう思っている人は多いものです。

しかし、「お金持ち=老後は幸せ」とは限らず、むしろ、財産がない人のほうが幸せを感じやすいことがあります。

私はこの現象を、「金持ちパラドックス」と呼んでいます。実際、少ない年金をやりくりしながら、気ままな老後を謳歌している高年者は多いものです。そうした人は、現役時代から参照点が低いというのも事実です。

大事なのは、お金があってもなくても、幸せを見つける方法を知ることです。

その一つが、過去の自分に参照点を置くのではなく、今の自分に見合ったところに参照点を置くこと。くり返しになりますが、参照点は低いほうが幸福度は高まります。

そもそも、高年者は人生経験が豊かなので、たくさんの選択肢を持っています。判断の基準もたくさん持っているはずなので、自由に参照点を決められるのです。

それなのに、参照点をわざわざ高いところに設定して、人や社会に不満を抱えながら生きることほど、もったいないことはありません。

昨日までの生き方を、今日からひっくり返したっていい。変化を自由に楽しめるのも、成熟した高年者の強みです。

※続く

TEXT=和田秀樹

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