PERSON

2025.04.21

余命10年から2年経過。岸博幸「人生の最後は“才良”でなく“狂愚”になる」

仕事をセーブし、考える時間を増やした岸博幸氏が抱いたのが、「世の中や政治に関する怒り」。それをエネルギーに変え、余命8年をかけて挑みたいこととは。

余命8年インタビュー、岸博幸。

考えているだけでは何も変わらない

僕は、江戸時代末期の思想家、吉田松陰を心から尊敬している。その教えが好きだ。なかでも大切にしているのが、「狂愚まことに愛すべし、才良まことに虞るべし、諸君、狂いたまえ」という言葉。ご承知のように、狂気にも思えるほどの情熱を持って行動を起こすことが大事で、たとえ才気があっても、考えているだけではダメだという意味である。

今の政治家や官僚は、頭の中で考えるばかりで、まるで行動しない。それが、日本がどんどん衰退し、若者が夢や希望を持てないような、どうしようもない国になってしまった理由のひとつだと、僕は考えている。どんなに立派なことを説いても、実行に移さなければ、何も変わらないのだから。

日本にはポテンシャルがあるし、この先絶対に復活できると、僕は思っている。ところが、残念ながら、社会の仕組み、つまり政治が、そのポテンシャルを活かす方向に進んでおらず、歯車がかみ合っていないのが現状だ。官僚として20年間、日本の政策づくりに携わり、最後の6年間は政権内部で仕事をしてきた身としては、この状況に忸怩たる思いを抱いている。

かくいう僕も、官僚を辞めてからの19年間は、「行動したか?」と問われれば、YESとは言い難い。地方活性化に尽力はしてきたけれど、それだけでは、国全体の復活にはつながらない。評論家として国の政策にダメ出しはしてきたものの、それこそ、「才良まことに虞るべし」なのではないか。病気がわかり、余命を意識するようになってから、そんなことを考えるようになった。

岸博幸『余命10年』
余命10年
多発性骨髄腫になって、やめたこと・始めたこと。

¥1,760/幻冬舎

余命10年と告げられた岸博幸が、治療や入院中の様子をリアルに綴る一方、日本が抱える問題の元凶を分析し、改善策を提案。リタイア世代や子育て中の親世代、若い世代に向けたメッセージも収録。

詳細はコチラ

若い世代が希望を持てる社会にすべく喧嘩しまくる

治療を始めて2年、しんどい時期も含め、自分の体調とのつきあい方にだいぶ慣れてきた。仕事人間だった頃に比べると家族との時間は格段に増えていて、それは、今の僕にとってかけがえのない時間になっている。ただ、残りの人生、それだけではつまらないと感じているのも事実だ。

今の僕があるのは、やしきたかじんさんや坂本龍一さん、小泉純一郎さん、竹中平蔵さん、安倍晋三さんなど、多くの方々のおかげだ。たくさんのことを教わり、チャンスを与えてもらい、貴重な経験を多々させてもらった。その恩を、社会に還元するという形で返したいという気持ちもある。そう考えると、余命8年になってしまった残りの人生、プライベートで好き勝手やっているだけでは全然ダメで、社会に対して自ら行動を起こすべきだ。そう、気持ちが固まった。

では、具体的に何をするか。考えられる道はいろいろあるけれど、まだ最終結論は出ていない。ただ、ひとつだけ確かなのは、これからの8年は、“才良”ではなく“狂愚”の側に立つということ。

岸博幸/Hiroyuki Kishi
1962年東京都生まれ。1986年に一橋大学を卒業し、通商産業省(現経済産業省)に入省。小泉内閣で竹中平蔵大臣の秘書官等を務めた後、2006年に経産省を退官。現在は慶應義塾大学大学院教授や企業・団体の社外取締役等を務める傍ら、メディアでも活躍。2023年夏、多発性骨髄腫罹患を公表。2024年春、“人生の期限”を意識したことで変わった人生観、仕事観などを綴った『余命10年』を上梓。

皆さんも薄々感じているかもしれないけれど、僕は基本的に喧嘩が好きだ。もちろん、肉体的に取っ組み合いをするという喧嘩ではない。相手がだれであろうと、おかしいと思うことにはハッキリとNOを言い、自分が信じるものを通すために熱量を持って戦うという喧嘩だ。

民間人になってからの19年間は、役人時代と比べると、ちょっとおとなし過ぎた。傍からはどう見えていたかわからないが、僕自身は、“本気の喧嘩”をせず、穏便に振る舞ってきてしまった気がする。そのまま穏やかに生きていくのも悪くないのかもしれないけれど、それは、僕らしくない。人生の期限が見えてきているからといって、生き方を変えてはいけないという法はないのだから、最後は自分らしく、狂ってやろうと思っている。

僕ひとりができることは、そう大きくはないかもしれない。でも、行動を起こさなければ何も始まらないのだ。若い世代が、夢や希望を抱き、頑張れば道が拓ける、生きるとは楽しいことだと思えるような社会、国にするために、残りの人生をかけて、喧嘩を売りまくるつもりだ。

TEXT=村上早苗

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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