2023年1月、多発性骨髄腫という血液のがんに罹患していることを知った岸博幸氏。余命10年を告げられた岸氏が、闘病の記録や今後の生き方、日本の未来への提案をつづった著書『余命10年。多発性骨髄腫になって、やめたこと・始めたこと。』を上梓。日本経済が苦境に陥っている要因のひとつは少子化。政府はその解消にやっきになり、「異次元の少子化対策」を謳ってはいるものの、「生き方が多様化している現代で、子供を産めと国が指示すること自体が見当違い」と、岸博幸氏。連載最終回は、「教育費の負担を減らすことで、子供を産めるように」という思惑が見え隠れする大学無償化について、考えを聞いた。
進学率ほぼ100%の高校は無償化賛成
少子化が止まらない。それに歯止めをかけようと、政府はさまざまな対策を講じているが、なかでも力を注いでいるのが、子育て世帯への経済的サポートだ。2020年4月には、世帯収入が低い家庭の学生に対し、高校だけでなく、大学や短大、専門学校などの授業料を減免し、返済不要の奨学金を給付するという「高等教育の修学支援新制度」がスタート。
それに加え、多くの都道府県が独自の授業料支援制度を設けている。東京都に至っては、2024年度から高校授業料無償化の所得制限を撤廃。これまでは都立高校の授業料は実質無料だったが、今後は国公立私立問わず都内在住のすべての高校生が、授業料の支援を受けられることに。
「文科省の『学校基本調査』によると、日本の高校進学率は、2021年度調査で98.9%と、ほぼ全員が高校で学んでいます。ただ、前回も触れたとおり、所得税を納めている人の約8割は年収が330万円未満です。そうした世帯が子供の教育費を捻出するのは厳しいので、高校まで無償化というのは大賛成。でも、それを大学にまで広げるのは、はなはだ疑問です」
低レベルな大学を税金で支援する必要はない
2025年からは、扶養する子供が3人以上いれば所得制限をせず、国公立なら54万円、私立なら70万円を上限に授業料・入学金を支援するという、新たな大学無償化制度が始まる。これをさらに拡大し、誰もが大学など高等教育を受けられるようにすべきだという声も挙がっているが、岸氏はその意義について首をかしげる。
「大学無償化の名目は、『費用が理由で意欲ある若者が学びをあきらめることがあってはいけない』といったところでしょう。であれば、無償化にするよりも、一定条件の下で返済不要な奨学金を増やすなど、別の策を練った方がいいと、僕は思います。
大学無償化派は、アイルランドやスウェーデン、ノルウェーなどヨーロッパの国々での大学無償化の話を引き合いに出しているけれど、それらの国と日本では、教育事情がまるで違う。日本は大学の数が多過ぎるんです」
2023年度の大学数は国公立と私立合わせて793校と、前年より3校増加している。それだけあれば、レベルが“ピンキリ”になるのは当然のこと。なかには、毎年のように定員割れになり、受験者数そのものが定員を下回っている大学もあるほどだ。
けれど、大学が無償化になれば、「とりあえず進学しよう」という人も出てくるだろう。そうした人たちが、勉強せずとも受かりそうな大学を選ぶとしたら、現状人気がない大学にも、それなりに学生が集まることになる。
「大学を無償化するということは、国の補助金を各大学に注ぎ込むということ。レベルが低い大学を、大事な税金を費やして生き残らせることになんの意味があるのでしょう。誤解を恐れずに言うならば、補助金ビジネスで生き残っている大学での学びが、優秀な人材を育てるとは考えにくい。だから、大学に関しては、もっとシビアに考えた方がいい。
むしろ、大学を無償化するくらいなら、小学校から高校までの教育を充実させ、世界と闘える人材を育てることに税金を使った方がずっといいと思います」
※続く