近年、埼玉県川口市においてクルド人をめぐるトラブルが起きている――。そうネットを中心に活発な議論が巻き起こっているが果たして真相は如何なるものなのか。この問題に関して門外漢であり、「反クルド」でも「親クルド」でもない著者が、実際に川口市に滞在。そこで目の当たりにしたおどろくべき実情とは? 『おどろきの「クルド人問題」』(新潮社)の一部を抜粋・再構成して紹介します。【その他の記事はこちら】

対面で話すクルド人は、みんな気さくで親切
(解体業を営むクルド人がヤードとして使う土地がある)赤芝新田にはクルド人のいる早朝に行くことにした。朝5時に西川口のウイークリー・マンションで起床する。歯を磨き、シャワーを浴びて、クルマで新井宿へ向かう。電車だと、京浜東北線、武蔵野線、埼玉高速鉄道と乗り継がなくてはならない。早朝は本数が限られ、乗り継ぎもよろしくなく、早い時間に赤芝新田に着くのは難しい。
新井宿に着いたら、駐車場にクルマを停めてレンタサイクルに乗り換える。そして昇っていく朝日を右の頬に浴びながら自転車をこぐ。石神南の交差点で右折。赤芝新田交差点へ向かい、近くの十字路で待機した。
やがて6時が近づくと、クルド人が運転するクルマが次々と“出勤”してくる。トラックと軽乗用車が多いが、高級外国車も目立つ。アウディ、BMW、ボルボ、フィアット……など。羽振りがいい人もけっこういるみたいだ。後の取材でわかったことだが、クルド人の解体業者には中古車の買い取りと販売を行っている人もいるらしい。
赤芝新田の交差点はちょっとした渋滞になっている。この時間帯のクルド人解体業者のトラックのほとんどは、いわゆるクルドカー状態ではない。仕事前なので、荷台はまだ空だ。
赤芝新田に入ったクルド人のクルマは、それぞれ仕事を受注しているヤードに散っていく。そのなかの巨大なトラックの後を自転車でついていった。トラックは舗装されていない水たまりだらけの道を進んでいく。両脇から樹々が迫る。その枝をバキバキと折りながら行く。
樹々が茂っている奥、右手に小さな空き地が開けた。倉庫のような建物があり、その前のテントでパンやコーラが売られている。解体現場へ向かう前のクルド人が続々と集まってくる。朝食をとったり、テイクアウトしたり、活気に満ちている。解体業に従事するクルド人たちの“社員食堂”のような役割をはたしていそうだ。
せっかくなので、焼き立てのオリーブのパンを買った。500円也。テント内に並べられたテーブルで食べる。温かくもっちりしておいしい。ボリュームもある。
クルド人しかいないので、中東を訪れた気分になる。ここには日本人が珍しいからか、あっというまにクルド人に囲まれた。
「オハヨウゴザイマス」
彼らはたどたどしい日本語で話しかけてくる。
「おはようございます」
努めて明るく答えた。
「トルコノパン、オイシイデスカ?」
流暢な日本語で話しかけてくるクルド人もいる。
「とてもおいしいです。日本語、上手ですね?」
ほめると、うれしそうにうなずいた。
「ワタシノオクサン、ニホンジン。コトバハ、カノジョニ、オシエテモライマス」
人懐こい人が多い。この食堂にはセルフサービスで、トルコ風のチャイがあった。無料だ。サーバーから紙コップに注ぎ、湯で薄めて、砂糖を入れる。ブレンドのあんばいがわからずもたもたしていると、クルド人の一人が手際よくつくってくれた。
対面で話すクルド人は、みんな気さくで親切だ。刃傷沙汰や性的暴行やひき逃げといった物騒な事件とは無縁に見える。
彼らはヤードに勤務しているわけではなさそうだ。食事をすませると、解体作業をする現場へ散っていく。
「コレカラ、ゲンバニ、イキマス」
「現場はどこですか?」
「キョウハ、ヨコハマ。シナガワ、ヨコハマ、カワサキ……。ソノトキノシゴトニヨッテ、イロイロ」
「皆さんは赤芝新田で暮らしているんですか?」
「イイエ。ココハ、シゴトノマエニ、アツマルダケ。スンデイルノハ、マエカワ、イカリ、アオキ、コシガヤ、サイタマ……。イロイロ」
なるほど、赤芝新田はあくまでもヤードや事務所で、実働するのは解体の現場らしい。住居は川口市内に限らず、近隣の自治体に広がっていることもわかった。
石神賢介/Kensuke Ishigami
1962年生まれ。大学卒業後、雑誌・書籍の編集者を経てライターに。人物ルポルタージュからスポーツ、音楽、文学まで幅広いジャンルを手がける。三十代のときに一度結婚したが離婚。著書に四十代のときの婚活体験をまとめた『婚活したらすごかった』など。