PERSON

2025.11.21

東京国際映画祭の最優秀女優・福地桃子「自分のエネルギーや時間を大切な人に使いたい」

是枝裕和監督作『ラストシーン』などでも注目され、先日行われた第38回東京国際映画祭では映画『恒星の向こう側』で最優秀女優賞を受賞した俳優・福地桃子さん。今回、2025年11月28日に公開される主演作『そこにきみはいて』を通して体得した、仕事との向き合い方を語ってもらった。インタビュー第1回は、主人公と自分の「繋がり」、そして監督とのコミュニケーションについて。

映画『そこにきみはいて』、福地桃子さんインタビュー

役を演じて救われた気がした

「どうして、『人と違う』ということが自分に与えられたのだろう。今回私が演じた女性は、そのことを知りたいと求めている人だと思いました」

静かに、そして一言一言を確かめるようにゆっくりと話す姿が印象的な、俳優の福地桃子さん。映画『そこにきみはいて』で演じた、恋愛感情と性的感情を抱くことがないアロマンティック・アセクシュアルの女性、香里についてそう語る。

「香里の感情はすごく複雑なんです。人に抱く思い、そして人との距離感の取り方まで、全部が繊細で。一方ではコミュニケーションにおいてすごく粘り強くて、けっして諦めない。そういうところが私自身とも繋がるような気がしました」

香里は恋愛感情や性的感情を抱かなくても、理解者だと思えた男性と婚約した。しかしその男性はある日突然自死してしまう。そして彼の「親友」とともに旅に出るというストーリーのこの作品、福地さん演じる主人公は、「なぜ」という思いとともに、彼と関わってきた人々とぶつかり向き合っていくことになる。

「私自身も、大切な人を思うと、自分のエネルギーや時間をその人に使いたいと思ってしまう。それって見方によっては“お節介”かもしれない。でも香里を演じながら、その粘り強さって素敵なことなんだよって言ってもらえたようで、救われた気がしました」

映画『そこにきみはいて』、福地桃子さんインタビュー
『そこにきみはいて』
誰にも恋愛感情を抱くことのない香里は、理解者であった健流と婚約。しかし入籍を前に健流は自ら命を断つ。健流の親友であった作家・中野慎吾を誘い、ふたりで街をめぐり始める。

脚本・監督:竹馬靖具 原案:中川龍太郎 出演:福地桃子、寛一郎、中川龍太郎ほか
2025年11月28日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
©「そこにきみはいて」製作委員会

自分のなかで疑問を育てるよりも、聞いた方が素直でいられる

本作は、竹馬靖具監督が脚本を書き始める前、福地さんと何度も対話を重ね、福地さんの佇まいや言葉からイメージされるセリフが綴られた。

「撮影が始まるずっと前に、竹馬さんと学生時代の話とか、これまで感じてきたことをゆっくり話す時間をいただきました。竹馬さんは私の “人との関わり方”を丁寧に知ろうとしてくれていたんです。そうやってつくられていった香里だからこそ、演じる時も自然に寄り添えた気がします」

監督とは今回が初仕事であり、気さくになんでも話せるような関係ではなかった。最初は緊張しながら、それでも対話を重ねることで、お互いに作品へのイメージが明確になり、そしてそこに信頼関係も生まれていく。撮影に入ってからは、福地さんは監督に対して「このセリフはどういう意味なのか」と問う場面が何度もあったという。しかしそれは表面的な言葉の意味を問うものではなかった。

「この言葉は竹馬さんのなかから出てきたものなのか。だとしたら、いったいどういう時にどういうことがあって、この言葉になったのか。それを尋ねたんです。そのセリフは、救いの言葉にも痛みの言葉にも聞こえて。映画ですからきっと観る方次第、感じ方次第で、どっちが正解だというのはないのですが、監督がその時どう感じてその言葉を書いたのか、知っておきたかったんです」

特定の俳優を思い浮かべて脚本を執筆するいわゆる「当て書き」は、多くの作品にあることだが、執筆前に本作のように丁寧な対話が行われる作品は多くないだろう。だからこそ、言葉ひとつひとつに福地さんは思いを馳せたのかもしれない。

映画『そこにきみはいて』、福地桃子さんインタビュー

「竹馬さんは、ちゃんと聞いたら、ちゃんと返してくださるんです。だから聞きたくなる。質問って、自分の心を、考えていることを伝える手段でもあると思うんです。それに自分のなかで疑問を育てるよりも、聞いた方が素直でいられる。今回は、その質問のやり取りが私にとって心地よかったんです」

映画づくりだけではなく、きっとすべての仕事において福地さんがしたような「聞くこと」は大事なことだろう。けれど「いちいち聞くな」「自分で考えろ」と言われた経験のある人は、なかなか素直に疑問をぶつけることができなくなり、そうしてその疑問は時に不信感へと変わってしまうこともある。

「作品に参加する時、部署問わずその作品に関わる一人ひとりと同じ温度を持っていたいと思っています。役者と一番近い距離にいる監督との間でちょこっとでもズレを感じたら、それは放置せずに聞くのが一番いいことなんだと思います。ひとつの質問がさらに広がり、作品をいい方向に転がしていくこともある気がします。だから疑問は絶対に伝えた方がいい」

対話を重ね、疑問をひとつひとつ解決していく。そうしたコミュニケーションこそ丁寧にとることがいい仕事を生むのだと、本作を見れば痛感するはずだ。

インタビュー第2回では「怒り」と向き合う方法を聞く。

福地桃子/Momoko Fukuchi
1997年東京都生まれ。2016年俳優デビュー。NHK連続テレビ小説『なつぞら』で話題となる。近年の出演作に大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、『舞妓さんちのまかないさん』、『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』、映画『サバカン SABAKAN』、『あの娘は知らない』など。舞台『千と千尋の神隠し』にて主人公・千尋役を務めロンドン公演も成功させた。映画『恒星の向こう側』(中川龍太郎監督)にて、第38回東京国際映画祭コンペティション部門 最優秀女優賞を受賞。

<衣装クレジット>
トップス¥44,000、スカート¥57,200(ともにマメ クロゴウチ/マメ クロゴウチ オンラインストア www.mamekurogouchi.com) 靴¥137,500(ジェイエムウエストン/ジェイエムウエストン 青山店 TEL:03-5485-0306) ピアス¥29,040、リング¥20,900(ともにSAMAC TEL:03-6434-1128)

TEXT=安井桃子

PHOTOGRAPH=野﨑慧嗣

STYLING=梅田一秀 

HAIR&MAKE-UP=鷲塚明寿美

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