日本のプロバスケットボールリーグ、Bリーグが開幕して2025年で9シーズン目。その間に実に8つものタイトルを獲得してきたのが、大野篤史だ。2016年に千葉ジェッツふなばし、そして2022年からは愛知県豊橋市をホームタウンとする三遠ネオフェニックスでHC(ヘッドコーチ)として指揮を執り、チームを常勝軍団へと導いてきた。組織を率いるリーダーとして「強いチーム」をつくるために大野が意識、実践していることとは? 第3回。

競争を経験せずにプロになる選手たち
三遠ネオフェニックスの大野篤史ヘッドコーチ(以下、HC。バスケ界では監督のことをHCと呼ぶ)は、若手選手たちに向けてよくこんな話をするようにしているという。
「スポーツの世界には勝敗があり、優劣がつけられる。君たちはそのなかで競争しないといけないんだよ。相手チームに勝たなければいけないし、そもそも他の選手よりも優れているところを見せないと試合のコートにすら立てない。そういう競争に慣れていないと、『自分はこんなに頑張っているのに、評価してもらえない』と不貞腐れる選手になってしまう。『評価』というのは自分でするものではなく、他人からされるものだから」
競争について、若い選手たちに強調して伝えるのには理由がある。
「プロスポーツの世界では、周りとの比較によって評価が決まる。だから、『自分はこんなに頑張っていて実力がある』と思ってても、他人から評価してもらえなければ試合には出られない。評価は自分がするものではなく、相対的にされるものだということになかなか気づけない若い子は多いですね」
いわゆるZ世代が受けてきた教育といえば、順位をつけない運動会に代表されるような「比較しない」ことに重きをおいたもの。その本質は「他人と比較せず、ナンバーワンよりもオンリーワンを目指しましょう」ということだ。そういう環境で育った子供たちも、プロアスリートになった途端に否が応でも競争社会に放りこまれる。
「プロレベルの選手なら、常に競争してきたはずでは?」と疑問を抱く人がいるかもしれない。ただ、プロになる選手の多くは競争についてそこまで意識せずとも、学生時代からチームの中心として常に活躍して来たような逸材ばかり。競争の意味について考える機会は、意外と多くないという。

1977年石川県生まれ。愛知工業大学名電高校、日本体育大学を経て2000年に三菱電機メルコドルフィンズ(現・三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ)に入団。2001年から日本代表メンバーにも選ばれ、アジア選手権などに出場した。2007年にパナソニックトライアンズへ移籍し、2010-11シーズン途中に現役を引退。同チームおよび広島ドラゴンフライズのアシスタントコーチを務め、2016年に千葉ジェッツふなばしのヘッドコーチ(HC)に就任。2020-21シーズンにはBリーグ初優勝を果たす。2022年7月、三遠ネオフェニックスのHCに就任した。
「Be Professional」の真意
大野は、HCとして取り組む仕事を「パラダイムシフト」をうながすようなものだと定義する。
「選手の思考の枠組みを変えてあげないといけない。プロスポーツの世界では優劣がつけられるのが当たり前だし、競争しないといけない。厳しい言い方になるかもしれないけど、若い選手たちが自尊心だけを守っていたら、何も現状は変わりません。『傷ついても構わない』というくらいの覚悟はやはり必要ですよね。そうやって色々な意識が変わって初めて、競争と向き合うことが選手の“習慣”になると思うんです」
個人競技の選手であれば、自身の記録や努力とだけ向き合えばいい。ただ、バスケットボールは団体競技だ。試合中に同時にコートに立てるのは5人だけだが、ベンチメンバーを含めて12人に試合に出る権利があり、何度でもコートとベンチを行き来できる。野球やサッカーのように、一度ベンチに下がってしまえば、その試合に再び出場することのできないスポーツとは違う。その意味で、バスケットボール選手は他の競技以上に、チームという「組織」に向き合わないといけないのかもしれない。

「好きなことだけをやれる組織なんてない。組織というのは窮屈なところでもあって、やりたくないことをやらないといけない時もある。そこで自分の役割や貢献を表現するのがプロだと思うんです。その窮屈さを言い訳に『自分の能力を発揮できない』と言うのはアマチュア。これはバスケだけじゃなくて、企業に置き換えても同じだと思うんですよ」
プロアスリートは現役でいられる時間が極端に短い職業。だから大野は、現実と向き合う必要性を選手たちに理解してもらいたいのだ。
「現役をやめないといけない日がいつか来ます。もちろん、山ほどお金を稼いで引退後に悠々自適な生活ができる選手もこれから出てくるかもしれない。ただ、多くの選手にはセカンドキャリアで、選手時代と同じように組織で働かないといけない。だから、バスケットボールを通じて社会で生きていくために必要なことを学んでおかないと。『Be Professional』(大野が選手たちに伝え続けているメッセージ)ってそういうことなんです」
第4回へ続く。