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2025.07.21

バスケ・千葉ジェッツ、三遠ネオフェニックスを常勝軍団に育てた、HC大野篤史の育成手腕とは

日本のプロバスケットボールリーグ、Bリーグが開幕して2025年で9シーズン目。その間に実に8つものタイトルを獲得してきたのが、大野篤史だ。2016年に千葉ジェッツふなばし、そして2022年からは愛知県豊橋市をホームタウンとする三遠ネオフェニックスでHC(ヘッドコーチ)として指揮を執り、チームを常勝軍団へと導いてきた。組織を率いるリーダーとして「強いチーム」をつくるために大野が意識、実践していることとは? 第1回

Bリーグ・三遠ネオフェニックスHCの大野篤史さん

移籍の激しいバスケットボールの世界

2016年に日本のプロバスケットボールリーグであるBリーグが誕生。それとともに千葉ジェッツふなばしでHC(ヘッドコーチ。バスケ界では監督のことをHCと呼ぶ)としてのキャリアをスタートさせた大野篤史は、2022年の夏から愛知県豊橋市を本拠地とする三遠ネオフェニックスで指揮を執っている。

現在までにその獲得タイトル数は8つを数え、これはBリーグ歴代のHCのなかでもダントツに多い。

実は、バスケットボールは日本のプロスポーツのなかでもっとも選手の移籍頻度が高いスポーツ。その意味でバスケットボールのチームを引っ張るHCは、スタートアップの社長のような境遇なのかもしれない。目標に向かい、チーム一丸となって戦う日々のなか、毎シーズンのように選手が入れ替わる環境にも適応しないといけないからだ。

そのなかにあって常勝チームをつくりあげている大野は、人材育成の手腕も高く評価されている。特徴的なのが、選手に考えさせる指導だ。

Bリーグ・三遠ネオフェニックスHCの大野篤史さん
大野篤史/Atsushi Ono
1977年石川県生まれ。愛知工業大学名電高校、日本体育大学を経て2000年に三菱電機メルコドルフィンズ(現・三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ)に入団。2001年から日本代表メンバーにも選ばれ、アジア選手権などに出場した。2007年にパナソニックトライアンズへ移籍し、2010-11シーズン途中に現役を引退。同チームおよび広島ドラゴンフライズのアシスタントコーチを務め、2016年に千葉ジェッツふなばしのヘッドコーチ(HC)に就任。2020-21シーズンにはBリーグ初優勝を果たす。2022年7月、三遠ネオフェニックスのHCに就任した。

「なぜ?」を徹底的に問いかける指導

実は、大野も2016年から2022年夏まで指揮をとっていた千葉ジェッツのHC時代には、不安な気持ちを漏らしていたこともある。

「何が正解かわからないから、選手育成は難しい。選手に成長してもらいたくて指導しているけど、すぐ移籍してしまう現実もあるから……」

ただ、現在の大野は当時と違う。これまでの教え子から思わぬ連絡をもらうことが増えたからかもしれない。

例えば、大野が初めてHCとなった千葉ジェッツ時代の教え子であるコー・フリッピンから、こんなメッセージが届いたことがある。

「最近になって大野さんが言っていたことがわかってきた気がします。今の若い選手たちを見ていると、大野さんみたいに厳しく指摘してくれるコーチがいないから、かわいそうな気がして。あのころは俺もコーチによく反発していたけど……。ありがとう!」

また大野がHC初年度の2016年、千葉ジェッツにルーキーとして加入してきた原修太という選手についてこんなエピソードもある。

原は国士舘大学時代にシューターとして名を馳せた選手で、当時から彼のシュート力を評価する人たちは多かった。一方で、大野は原がチームにもたらすエナジーや守備力に着目していた。

大野が実践したのは、「なぜ?」と徹底的に問いかける指導だ。ゲーム形式の練習でもプレーが止められ、静かな体育館に大野の乾いた声が響くことがよくあった。

「今、なんでそのプレーを選択したの?」

漠然とプレーするのではなく、明確な意図をもってプレーを実行するよう選手たちに徹底的に求めた。千葉ジェッツ時代にもっとも厳しく指導されていた選手のひとりである原は「大変だったから、あの時代に戻りたくはないです(笑)」と振り返るほど。一つひとつのプレーを選択する理由を自らの頭で考え説明できるようになるまで、大野はその指導をやめることはなかった。

そのおかげもあってか、原はメキメキと成長。2023年に沖縄で開催されたW杯では日本代表としてスタメン出場を果たし、この年のBリーグベストディフェンダー賞も獲得。もちろん正確なアウトサイドシュートは健在だが、それ以外の武器を磨いたことで今ではリーグを代表する選手となった。

Bリーグ・三遠ネオフェニックスHCの大野篤史さん

大野が千葉ジェッツを離れてから約3年が経つが、原は今も感謝を忘れていない。2025年4月、ケガ人が続出していたために本来とは異なるポジションで起用され、しっかりとその役割をこなした試合があった。その試合後のインタビューで、原は聞かれてもいないのに大野の名前を挙げた。

「大野さんがHCの時に、『バスケについて考えてプレーしなければ、キャリアが短くなる。すぐに引退することになるぞ』という話をずっとされていました。そこから考えながらプレーしていたこともあって、(普段とは異なるポジションである)ポイントガードをいざ任せられた時に、焦らずにやれたんじゃないかなと思います」

原は2023-24シーズンの表彰式のあとにも、改めてこう話した。

「僕のバスケットボールの考えの根本を大野さんがつくってくれたので、大野さんには本当に感謝しているんです」

勝つことだけにフォーカスするあまり、選手の育成には興味を示さない指導者は少なくない。では、なぜ大野は選手育成にも力を入れるのか。

「いつまでも同じチームで戦えるわけではありません。けれど、一緒に何かを目指した選手には、1日でも長く現役を続けてほしいからなんです」

また、大野は選手だけではなくアシスタントコーチに対しても似たような思いを抱いている。

大野の右腕となる重要な存在のひとりに、綾部舞というコーチ兼通訳がいる。彼女とは千葉ジェッツに所属していた2018年の夏からともに戦い、三遠ネオフェニックスへ一緒に移ってきた。それほどの信頼関係のある間柄だ。

「彼女には将来、Bリーグ史上初の女性HCになってほしい」

綾部がHCになるということは、大野の下を離れることを意味する。通訳としても、アシスタントコーチとしても欠かせない人間になっているのに、いったいなぜそう願うのか。そこには明確な理由があった――

第2回へ続く。

TEXT=ミムラユウスケ

PHOTOGRAPH=千葉格

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