日本のプロバスケットボールリーグ、Bリーグが開幕して2025年で9シーズン目。その間に実に8つものタイトルを獲得してきたのが、大野篤史だ。2016年に千葉ジェッツふなばし、そして2022年からは愛知県豊橋市をホームタウンとする三遠ネオフェニックスでHC(ヘッドコーチ)として指揮を執り、チームを常勝軍団へと導いてきた。組織を率いるリーダーとして、「強いチーム」をつくるために大野が意識、実践していることとは? 第2回

アシスタントコーチに大きな権限と責任を与える
「アシスタントコーチとは『上司と部下』のような関係ではないと思っています。彼らのことは人として信用しているので」
自身のマネジメント論をそのように語るのが、三遠ネオフェニックスの大野篤史ヘッドコーチ(以下、HC。バスケットボール界では監督のことをHCと呼ぶ)だ。
もっとも、スポーツチームにおいてそのように言える指揮官は多くない。チームのトップに立つ監督やHCのなかには、アシスタントコーチが選手と長く話をしているのをみて、「自分の意向に背いて指示を選手に伝えているのではないか」と疑心暗鬼になる者もいる。しかし、大野は違う。
「『選手と何を話していたの?』なんて絶対聞かないですよ。『選手に対して絶対にプラスのことを言ってくれているだろう』と信じているから。そこに信頼関係がなかったら、一緒に仕事などできないです」
実は、大野は2024年シーズンから戦術面でのコーチング組織を大きく変えた。ディフェンス面では大村将基と綾部舞、オフェンス面では前田浩行と清水太志郎というアシスタントコーチたちに、練習パートの大半の指導を担ってもらうようにしたのだ。
それだけではない。試合中に選手たちに作戦を授けるタイムアウトでの指示の一部も、大野はコーチに任せることがある。タイムアウトは1試合で複数回取ることができるが、1回あたりの時間はわずか1分。その貴重な1分間の指示をコーチに任せるところからも、その信頼は表れている。
実は、彼らにアシスタントコーチを任せるにあたり大野は事前にこう伝えていた。
「自分がHCだったらどうするのかを、常に考えてほしい」
その意図について、大野は語る。
「彼らが感じたことや意見があれば、どんどん発してもらいたいからです。もちろん、それを取捨選択し、最終的に意思決定をするのは僕の仕事。なので、『結果に対しての責任は俺が取るから』とも伝えています」
そこまでの責任と権限を与えるのは、彼らが大野の信頼を勝ち取ってきたから。清水以外の3人は大野が2022年までHCを務めていた千葉ジェッツふなばしからの付き合いで、清水については三遠ネオフェニックスでの彼の仕事ぶりを見て、コーチを任せたいと考えたという。

1977年石川県生まれ。愛知工業大学名電高校、日本体育大学を経て2000年に三菱電機メルコドルフィンズ(現・三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ)に入団。2001年から日本代表メンバーにも選ばれ、アジア選手権などに出場した。2007年にパナソニックトライアンズへ移籍し、2010-11シーズン途中に現役を引退。同チームおよび広島ドラゴンフライズのアシスタントコーチを務め、2016年に千葉ジェッツふなばしのヘッドコーチ(HC)に就任。2020-21シーズンにはBリーグ初優勝を果たす。2022年7月、三遠ネオフェニックスのHCに就任した。
「戦術よりもエナジー」
では、なぜ大野はアシスタントコーチにチームの命運を握るかもしれない重要な仕事を任せるのか。それには3つの理由がある。
「まずは、ディテールにこだわりたいから。各アシスタントコーチが専門的に見ていた方が、より深い意見が出るかなと。オフェンスとディフェンスの両方をコーチが見るとなると、逆に色々なところに目が行ってしまって視点が俯瞰的になりすぎると思うんですよね」
オフェンスとディフェンス、それぞれのパートに分かれて練習を担うアシスタントコーチの視点。全体を俯瞰して見て、攻撃と守備のつながりやバランスを確認するHCの視点。その両方をかけあわせた複眼的な視点を持つことが、チームとして重要だと大野は考えている。
その効果もあってか、2024-25シーズンは選手たちのプレーの精度が上がり、攻守ともにバリエーションが増えたという手ごたえがある。実際、チーム新記録となる22連勝も達成した。
理由のふたつ目は、アシスタントコーチの頭脳の価値を知っているからだ。
2016年のBリーグ誕生と同時に千葉ジェッツのHCとしてのキャリアをスタートさせた大野は、そこから6シーズンにわたり指揮を執った。当時は自分よりも経験豊富で、年上の指導者をあえてアシスタントコーチとして招いていたという。
アシスタントコーチの存在の大きさを象徴する出来事は、2021年の春にあった。
バスケットボールでは通常のシーズンで60試合を戦ったあと、プレーオフにあたるCSが行なわれる。(チャンピオンシップ。レギュラーシーズンの上位8チームがトーナメント形式でプレーオフを戦い、日本一を決める)
大事なCSを前に、当時のアシスタントコーチのゾラン・マルティチにこう言われた。
「いいか? こういう舞台で大切になるのは、戦術よりもエナジーだぞ」
短期決戦であるCSの勝負を分けるのはほんのわずかな差。だからこそ、勝ちたい気持ちを前面に表現したり、シュートが外れたあとのリバウンドを取ることにエネルギーを注ぐことが大切だ、というのがマルティチの指摘だった。
この時のCSではタイムアウトのたびに、大野は選手たちに最後に必ずこう呼びかけた。
「Go For Rebounds!」
その言葉が正しかったようにファイナルでもリバウンド数が勝負を分け、大野は初めて優勝を経験した。
そのような経緯があるから大野はアシスタントコーチの意見をよく聞き、自分よりも年下のコーチであってもその能力に信頼を寄せている。
「自分と4人のコーチとあわせて、このチームには5つの脳みそがある。いや、むしろカズ(木村和希)とジュンヤ(宮崎淳也)というふたりのビデオアナリストを入れたら、7つの視点でバスケットボールを見ることができるんです」

Mr.バスケットボール、佐古賢一から学んだこと
そして3つ目は、彼らへの愛情だ。
Bリーグが発足する前、大野は広島ドラゴンフライズというチームでアシスタントコーチをしていたことがある。そこで師事していたのが「Mr.バスケットボール」とも呼ばれる日本バスケ界のスーパースター、佐古賢一だった。
大野の手腕を高く評価していた佐古は、大野にこんな言葉をかけたという。
「試合中に俺が指示を出さず、大野が指示を出しているところを見たら、周りはどう感じると思う? たぶん、みんなは俺たちのストーリーを知りたがる。『一体、なぜ佐古ではなく大野が指示を出しているんだ?』と。そうすればお前に注目が集まるだろうし、俺はそうなってほしいんだ。それによってお前に大きなチャンスが来るかもしれないんだから」
だから、自分が佐古にしてもらったのと同じような経験を今、一緒に戦っているアシスタントコーチたちにも味わってもらいたいという思いがある。
「もちろん、コーチたちとずっと一緒にやりたいですよ。ただ、彼らの面倒を一生見続けることはできないのも事実です」
大野はこう強調する。
「アシスタントコーチをやっている人間は『いずれHCになりたい』と考える者も多い。だから、今の経験を将来のためのきっかけづくりにしてもらえればいいなと思っています」
だから5年近く前、千葉ジェッツのHC時代に通訳として信頼を寄せていた綾部から、胸に秘めた思いを打ち明けられた時も、大野は受け止めた。
「私、いつかコーチをやりたいんですよね」
そして2023年夏から、綾部にアシスタントコーチと通訳を兼任してもらうようにした。
「彼女は話している時の雰囲気や言葉の使い方、そして意志表示がすごく上手だなと感じています。選手に伝えたいメッセージがぼやけることはなくて、要点にフォーカスできるんです。彼女はすごくいいHCになれるはず。将来、Bリーグで史上初の女性HCになってほしいと思っています」
第3回へ続く。