PERSON

2025.07.24

「とにかく試合に勝てばいい、とは思っていない」バスケリーグで最も勝ってきた、大野篤史が考えるプロスポーツクラブの存在意義

日本のプロバスケットボールリーグ、Bリーグが開幕して2025年で9シーズン目。その間に実に8つものタイトルを獲得してきたのが、大野篤史だ。2016年に千葉ジェッツふなばし、そして2022年からは愛知県豊橋市をホームタウンとする三遠ネオフェニックスでHC(ヘッドコーチ)として指揮を執り、チームを常勝軍団へと導いてきた。組織を率いるリーダーとして、「強いチーム」をつくるために大野が意識、実践していることとは? 第4回。

Bリーグ・三遠ネオフェニックスHCの大野篤史さん

地元民に愛され続ける広島カープの存在

「リーダーとは、夢を配る人だと思っているんです。ブレずに夢を語り続け、『この人は本気でこういうチームをつくりたいのだ』と感じてもらうことが僕の仕事だと思っています」

大野篤史は2022年6月、Bリーグ・三遠ネオフェニックスのヘッドコーチ(以下、HC。バスケットボール界では監督のことをHCと呼ぶ)に就任する直前に、そう語った。

その言葉に偽りはない。2016年から6年にわたって千葉ジェッツふなばしのHCを務めていた時も、三遠ネオフェニックスのHCに就任してからも“夢”を語り続けている。

2024年末、東三河地方と呼ばれる愛知県東部のニュースを中心に伝える東愛知新聞が、「東三河の顔」を選ぶ投票を実施した。対象になったのは、この地域にゆかりのある作家やアスリートたち。そこで54%という最多得票率を集めたのが大野だった。

「地域のみなさんの日常になろう」

大野はそうやって選手やスタッフに常に呼びかけてきた。スポーツチームの存在意義を「日常になろう」と大野が初めて公の場で表現したのは、2019年7月のこと。まだ千葉ジェッツのHCを務めていた時期だ。

大野はBリーグ創設前に、広島ドラゴンフライズというチームでアシスタントコーチを務めていたことがあり、広島のスポーツ環境にも明るい。当時の大野が見本として挙げたのが、プロ野球チーム・広島カープの存在だった。

「広島って、みんなが一丸となってカープを応援するカルチャーがありますよね。お父さんと子供、おばあちゃんとお孫さんが球場に来て応援をする。しかも、幼稚園や保育園では『広島カープの歌』に合わせて体操したりするんですよ! スポーツって世代を超えて一緒に観戦に行けるし、そういうきっかけをつくり出せるのがスポーツの魅力や意義だと思うんです」

大野は毎年、シーズン前のミーティングで選手に伝えるスローガンやコンセプトを決めるための準備に長い時間をかける。読んだ本の気になる言葉や表現をメモしたノートを読み返したり、選手たちの心に響く言葉を探していく。そうやって紡ぎだされたのが、「日常になろう」という言葉だった。

Bリーグ・三遠ネオフェニックスHCの大野篤史さん
大野篤史/Atsushi Ono
1977年石川県生まれ。愛知工業大学名電高校、日本体育大学を経て2000年に三菱電機メルコドルフィンズ(現・三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ)に入団。2001年から日本代表メンバーにも選ばれ、アジア選手権などに出場した。2007年にパナソニックトライアンズへ移籍し、2010-11シーズン途中に現役を引退。同チームおよび広島ドラゴンフライズのアシスタントコーチを務め、2016年に千葉ジェッツふなばしのヘッドコーチ(HC)に就任。2020-21シーズンにはBリーグ初優勝を果たす。2022年7月、三遠ネオフェニックスのHCに就任した。

勝つことと夢を語ることを両立する理由

夢を語ることと、勝つこと――

その両立は簡単ではない。どのスポーツでも、素晴らしい夢や理念を語りながら成績を残せない指揮官は多い。逆に、勝負に徹することで結果を残しながらも、スポーツチームの社会的な価値や意義に無頓着な指導者も少なくない。

大野のHCとしての魅力は、勝利と夢の両立を高次元で成し遂げてきたところにある。では、その要因はどこにあるのだろうか。

「とにかく試合に勝てればいいとは思っていないから、かもしれないですね」

大野には試合に勝ちたいという強い思いがある一方で、スポーツチームの存在意義や価値を考えスポンサーやファン、地域の人たちのために「日常になろう」と唱え続けてきた。「試合に勝つ」ことと「支えてくれる人たちの日常を目指す」というふたつのテーマはつながってくると、大野は考えている。

「上手くいかなくなったとしても、そこから這い上がらないといけないのがプロスポーツの世界。その時に自分だけのために戦う人間と、人のためにも戦える人間。どちらの方が強いと思いますか?」

Bリーグ・三遠ネオフェニックスHCの大野篤史さん

プロスポーツチームの存在意義とは何か。それは勝利を求めながら、支えてくれるスポンサーや地域の人たちに勇気も与えられる“希望”になることだ。

大野が勝つことと夢を語ることを両立できているのは、スポーツクラブの存在意義を突き詰め、その本質に近づこうとしてきたからに他ならない。

死闘に敗れた大野が語った言葉とは

Bリーグにもプロ野球のように、レギュラーシーズンのあとに日本一を決めるCS(チャンピオンシップ)というプレーオフがある。

2024-25シーズンのCS。三遠ネオフェニックスの試合会場はものすごい熱気に包まれていた。

2023-24シーズンで涙を飲んだ準々決勝は2連勝で突破。しかし、琉球ゴールデンキングスとの準決勝では先勝し、決勝進出に大手をかけた第2戦では最終盤までリードを奪いながら、試合終了残り1秒で同点に追いつかれ、延長線で敗北。続く第3戦も落とし、決勝に進むことはできなかった。Bリーグ史に残る死闘で敗れた三遠のコーチや選手たち、そして何より熱狂的に応援してくれたファンのダメージは計り知れないものだった。

そんななか、試合後に行われたフラッシュインタビューで大野は観客に呼びかけた。

「来シーズンもこの歩みを止めることなく前進していくので、変わらぬご声援よろしくお願いします!」

心が折れるような逆転負けのあと、大野はすぐにリベンジを誓った。「這い上がる」ように選手に求めるHCらしい言葉であり、その後の記者会見で大野はこう語った。

「フェニックスにきて3年が過ぎて、本当に色々と変わってきていると思うんです。街自体もブースター(バスケチームのファンの呼称)さんも、サポートいただいているスポンサーさんの熱も。それは僕らへの期待値が高まっているということで、いいゲームをし続けることは自分たちを支えてくれている人たちを突き動かすはず。チームが勝ったら自分ごとのように喜び、負けたら悔しいと思う。そんな気持ちを持ってもらいたくて……」

そう話すときの大野の声は震えていた。そして、少し考えてからこう続けた。

「フェニックスの試合の日にはみんな会場に来る。ご飯を食べる時に当たり前のようにフェニックスの話をする。フェニックスのウェアを着て応援してもらう……。三遠ネオフェニックスというチームがみなさんの日常のなかに当たり前に存在する、そんな風景を見たいんです」

大野にとっての2024-25シーズンはあと一歩のところで終わった。しかし、三遠ネオフェニックスにかかわるすべての人たちにとっての「日常になる」ための戦い、そしてバスケのHCとして日本一になるための戦いは、今も続いている。

Bリーグ・三遠ネオフェニックスHCの大野篤史さん

TEXT=ミムラユウスケ

PHOTOGRAPH=千葉格

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