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2025.11.03

勤務時間自由で入社希望者毎月50人! ド派手社長が「従業員ファースト」を貫く理由

人手不足が叫ばれる時代にあって、毎月応募者が絶えないという「坂口捺染」。その理由は、社長である坂口輝光氏が打ち出した「出退勤時間は働く人が自由に決める」をはじめとする規格外の就業規則と従業員ファーストな社風にあった。【その他の記事はこちら】

坂口輝光/Terumitsu Sakaguchi
1982年岐阜県生まれ。岐阜商業高等学校卒業後、単身アメリカに留学。パサデナシティカレッジ卒業後に帰国し、2004年、家業である坂口捺染に入社。2010年に専務、2014年に社長に就任。ラジオ『T.W.R presents ゆっこ学園 Tell me tours ~輝光との旅~』(ぎふチャン)のパーソナリティも務める。

出退勤時間も休憩時間も自由

ド派手なルックスで“岐阜で最も有名な社長”としてメディアでも多く取り上げられている坂口捺染社長、坂口輝光氏。3月〜5月の3ヵ月間に偏っていた仕事量を平準化したことで、「月の残業100時間」からの脱却を果たした坂口氏が、次に取り組んだのは働き方改革と労働環境の改善。染料を扱うプリント業は、「きつい・汚い・臭い」というイメージがつきまとうため、人材確保が難しい。そこで坂口さんは、工場を新設してエアコンを導入するなど職場環境を改善すると同時に、パートの積極採用に踏み切った。これが、男性の職人ばかりだった現場に風穴をあけると同時に、坂口捺染が誇る“従業員ファースト”確立の第一歩となる。

「子供が学校から帰る時間には家にいたいとか、子供を送り出して家事を済ませてから家を出たいとか、労働時間は長くてもいいからたくさん稼ぎたいとか、仕事に望むことは人それぞれ。だったら、希望する形で働いてもらえばいいんじゃないかと考え、パートさんには出退勤時間も休日も、休み時間も自由に決めてもらっています。一応、その日の朝8時までに、今日は出勤するかどうか、何時に来るかは連絡してもらっているけれど、雇用契約上勤務時間を会社が把握する必要がない委託雇用のパートさんは、『今日は2時間空いているな。じゃあ坂口捺染に行こうか』でもいい。逆に、フルタイムでガンガン働きたいという人は正社員として採用しています」

こうした自由な働き方と、これまで同様の品質の高さを両立すべく、生産ラインをさらに細分化。データ加工や型の作成、調色、プリントといった専門技術を要する作業は、正社員が担い、パートは、生地を出す、型を探す、完成品を袋に詰める、梱包するなど、12の部署から成るサポート部門に配置される。

1日当たり手刷りは800面、7000ショット、機械刷りは3000ショット可能という国内有数のプリントラインを有する坂口捺染。材質や柄によって力加減やショット数を変えなくてはいけないため、職人技が求められる。
1日当たり手刷りは800面、7000ショット、機械刷りは3000ショット可能という国内有数のプリントラインを有する坂口捺染。材質や柄によって力加減やショット数を変えなくてはいけないため、職人技が求められる。

とはいえ、勤務時間が自由、しかも、当日の急な欠勤もOKということは、その日の人手が当日朝になるまで把握できないということ。大量の仕事をどのようにさばいているのだろうか。

「オレ、通常は10人いないとこなせない作業量があるのに、8人しか出勤しないとしても、8人で10人分の仕事をやればいいと思っていて、それができる体制を常にとっています。

具体的には、この部署とこの部署の人数を入れ替えて、この部署は少し人を多めにして……という生産ラインの組み換えですね。この複雑なパズルの組み換えは、社長であるオレの役目。パートさんには、複数の仕事を覚えてもらい、当日どの部署に配置されても問題ないようにしています。

どうやっても人数が足りない時でも、納期が遅れたことは一度もありません。なぜなら、従業員ひとりひとりが、作業のスピードをいつもよりアップするなど、工夫してくれるから。そのくらいみんな、仕事に一生懸命取り組んでくれているんですよ」

従業員の悩み相談にのるのも社長の役目

正社員かパートかに関わらず、従業員はみんな熱意を持って仕事に取組む。それは、坂口氏がつくりあげた社風によるところが大きい。「人が好き」と公言する坂口氏が、最も重視しているのはコミュニケーション、“対話”だ。

出勤後、1時間ほどかけて社内を回り従業員と会話をするのが坂口氏の日課だが、そこで交わされるのは、仕事以外の話が大半。中には、「離婚話でもめている」「子供が不登校」「生活が苦しいので家賃が安いところに転居しようと思っている」などの悩み相談もあるという。

「弁護士を紹介したり、アパートを探したり、従業員の助けになることなら何でもします。答えが見つからないこともあるけれど、悩んでいる人は話を聞いてもらえるだけでも救われるんじゃないかと思うんですよね。働きやすい環境づくりもそうだけど、この会社で働いてくれている従業員を守るために、自分が何をしなければいけないのか。それはいつも考えている。どんな仕事も、“根っこ”は人だから。

うちはね、従業員同士も本当に仲がいいんですよ。休み時間にはみんなでワイワイとサッカーをしたり、18歳の女の子と80歳のおじいちゃんが並んで『今日のファッションかわいいね』なんてしゃべっていたり。こういう空気感に惹かれて、たくさんの人が働きたいと言ってくれるんやと思う」

岐阜「坂口捺染」
毎月の給与はひとりひとりに手渡しし、その際ねぎらいや感謝の言葉を添えるのが坂口流。売上が前年比120%になった2024年は、冬のボーナスとして入社10カ月の新入社員に80万円、入社3年目の社員に150万円を支給。福利厚生費に4000万円費やすなど、金銭面でも従業員ファーストがうかがえる。

その言葉通り、坂口捺染の従業員数はここ数年、毎年倍増。現在は、正社員35人、準社員10人、直接雇用のパートが125人、委託雇用のパートが100人弱と、総勢250名以上の従業員を抱えている。募集をかけていないにも関わらず、今も毎月50名ほど全国から「働きたい」と連絡がくるそうだ。

「人手不足だと悩んでいるなら、入りたくなるような会社にすればいい。それには、賃金とか勤務時間といった労働条件だけでなく、会社の雰囲気づくりが大事だし、それはトップが自ら覚悟を持って取り組むべきもの。社長が従業員の一番近くで寄り添って、いろんな話を聞くだけで、会社の雰囲気ってがらりと変わるんですよ。それなのに、そこにフォーカスしていない経営者が多過ぎる。

講演会を頼まれることもけっこうあるんですけど、よく話すのは、『社長は一番偉い存在ではない』ってこと。働いてくれる人がいなければ仕事は成り立たないのだから、一番偉いのは従業員で、社長は底辺でそれを支える存在なんだって。オレは心底そう思っています」

岐阜「坂口捺染」
従業員の家族を招いてBBQをしたり、全従業員を招いてホテルで大忘年会をしたりと、従業員とのイベントを多数開催。「みんなの笑顔を見るのが一番の幸せ」(坂口氏)

徹底した従業員ファーストで会社の規模も売り上げも順調に拡大している坂口捺染だが、2020年、新型コロナウイルスの感染が拡大した際は、他の企業同様、同社も大きな打撃を受けた。次回は、そこで坂口氏がとった起死回生策について語ってもらう。

【その他の記事はこちら】

TEXT=村上早苗

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